桃源郷に住まう幽霊2
結論から言うと、この森の魔物たちは、天音と雪乃の二人でもなんとかなった。
基本的には、雪乃が前に出て剣で戦い、天音が補助に徹して、<祝唄>などのスキルで生命力の回復を行う。時には<兎追い唄>と呼ばれる歌で雪乃の攻撃を補助する。たまに雪乃が魔法で補助を行い、天音が刀で攻撃する。
しかし、なんとかなったというだけで、この森の狼たちは、二人だけではちょっときついものがあった。
「天音さん、もっと攻撃してください!」
「私より雪乃ちゃんが攻撃した方が、効率が良いもの。大丈夫、まだまだ生命力は残ってるからいけるいける!」
「雪乃の生命力はまだ残ってても、中の人の集中力が持ちません!」
そもそも森の狼というのは、どこの世界でも群れで行動するものである。例え最初に出会ったのが一匹でも、一匹が二匹となり、最初の一匹を倒したところで二匹目が別の三匹目を呼びよせ、気がつけば長い連戦になっているということがあった。
文句を言いながらも、雪乃はなんとか最後の一匹に長剣を突き刺した。
剣を突き刺された黒い狼は、血を噴き出すといった演出も特に見せずに、まるでガラスが砕け散るように消え去っていく。もしこれが本当に血を噴いて倒れようものなら、あまりのグロさにプレイを続けれないプレイヤーが続出したことだろう。感覚がリアル過ぎるというのも考えものである。
逆にプレイヤーへのダメージというのは、鈍い痺れのような痛みはあるものの、それほど苦痛を伴うものではない。痛覚がある程度弱められており、その程度の痛みならば楽しめるというレベルに抑えられているのだという。それでも、多少痛いことには変わりないので、どちらかといえば後衛より前衛の方が神経をすり減らしてしまうというのは致し方ないことだった。
「あちゃ~。ドロップアイテムも、もういっぱいか」
魔物が倒されると、その場所にはドロップアイテムが残される。それを手に触れることによって素材といったアイテムを手に入れることができる。素材アイテムは、そのまま換金してゲームマネーにすることもできるし、もちろん武器や防具を作るための材料にすることができる。
「雪乃ちゃんは、まだ大丈夫?」
「私の方はまだまだ余裕ありますけど」
「じゃあ、ドロップアイテムは全部持っていって」
「分かりました。村に戻って換金したら、またお返ししますね」
「いいよいいよ、遠慮しないで全部もらっちゃって」
そこまでしなくても、天音の方はそれほどお金に困っているということはない。あって困るようなものではないが、天音自身がアイテムを作成したりカスタマイズしているわけではないので、最低限の武器防具の修理代が残っていれば、それで問題なかった。
「それに、アイテム持てないのは、いらないものまでいっぱい詰め込んでる私が悪いわけだし」
それが冒険者のルールであり鉄則。自業自得というもの。
「せっかくだから、少しだけアイテムを消費しちゃおう。雪乃ちゃん、ちょっと口を開けて。はい、あ~ん」
と言って、有無を言わさず雪乃の口にアイテムを放り込んだ。
「んん~! い、いきなり何するんですか!」
「まぁまぁ、怒らないで。疲れた時には甘いものがいいんですよ」
雪乃を宥めながら、天音は自分の口にもそれを入れる。さっき買った金平糖だった。
「天音さんって、本っ当に、いろいろ食べまくってますよね」
「ちょっと! 私は別に食いしん坊キャラってわけじゃないんだから」
天音は少し拗ねたように言う。
「でも、調理アイテムってたしかにおいしいんですけど、何か大きくステータスが上がるわけじゃないですし」
まだまだお金に余裕のない初心者から見れば、嗜好品というのはお金の無駄としか思えないのだろう。
調理アイテムの中には、生命力や体力の増加を見込めるものもあるが、そういった効力は天音の使用する<歌>や他の<魔法>のスキルにも存在するので、わざわざ調理アイテムでドーピングを行うプレイヤーは少ないようだった。スキルであればほとんどお金がかからないのに対し、調理アイテムは効果が低い上に出費がかかるので、嗜好品という以外はあまり冒険の最前線で見かけるものではない。
「それに、補助アイテムだとしても、戦闘中には食べられないじゃないですか」
金平糖みたいなものならともかく、団子やケーキを食べながら魔物と戦う姿というのは、キャラクターがリアルなだけに相当シュールな光景となるだろう。
そんな反対意見もある中、それでも天音は、自信満々で雪乃に対して重大なことを告げる。
「ふっふっふっ、雪乃ちゃんはまだまだだなぁ~。そんなことよりも、もっと重要で大切なことが、この味覚があるという事実には隠されているの」
例えこの〝世界〟でいくら食べようと、お腹がいっぱいになるというのは全て錯覚に過ぎない。まやかしと言ってもいいほどで、ちょっと危険な感じではあるが、リアルの方の体調管理をしっかりしておけば、十分に安全で大丈夫なものだという。
「な、なんですか、重要なことって……」
「この〝世界〟でいくら食べようと、決して太ることはない!」
「…………ハッ!?」
その答えに雪乃は驚愕した。まるで目からうろこが落ちるようだった。
天音は少し遠い目をして話す。
「この〝世界〟のどこかには、『お菓子の国』と呼ばれる不思議な〝地域〟が存在するという……」
驚きに目を丸くしながら、雪乃は天音に聞き返した。
「あ、天音さんは、そこへ行ったことがあるんですか……?」
「行ったことはないの。でも、いつか行ってみたいと思ってる」
ちなみに、実際に行った人の体験談によると、そのリージョンで冒険をすると、しばらくは甘い物が全く食べられなくなるという。果たしてそこではいったい何が行われているのか。それはもはや、都市伝説のようなものだった。
「そこに行って、チョコレートの海に溺れようと、プリンの山に押し潰されようと、私は絶対に後悔しないという自信がある! たとえ死んでしまっても、それは本望なの! 私の旅の終わりは、きっとそこだと思う!」
そして、チョコレートの海に沈むのだろう。
「死なないでください。でも、そのリージョンには、私もちょっと行ってみたいかも……」
その後には、開き直った雪乃とともに、天音がアイテムボックスから新たに取り出したどら焼きを食べていた。
どら焼きを頬張りながら、先に天音の方が異変を感知する。
「天音さん?」
様子に気付いて、雪乃が声をかける。
「またお客さんが来たみたい」
そう答えて、天音はどら焼きの最後の欠片を慌てて口の中へと押し込んだ。
「天音さんって、索敵スキルつけてるんですか?」
身構えながら、雪乃が不思議に思って質問した。
「そういう補助アイテムを持ってるだけだよ」
索敵のようなスキルは、完全に天音の専門外である。しかし、一人で旅をする以上、最低限の備えというのは必要となってくる。特に彼女の場合は防御力の低い装備をしているので、下手に不意をつかれるとそのまま殺されかねない。
敵がやってくる気配を感じて、それでも姿を目視する前に天音がまず動く。
歌スキル<兎追い唄>を発動。
天音の透き通るような歌声が、薄暗い森の中に響き渡る。
<歌>のスキルは全般的にとても優秀な補助スキルである。しかし、補助魔法とは決定的に違うのが、<歌>は歌っている間しか効果が現れないということ。魔法ほど精神力を消費せず、かつ声を届く範囲全てに効果を及ぼすことができるため、パーティ戦では大きく貢献できる反面、少数や個人で使用するには比較的不向きなスキルである。
それでも、メインのアタッカーがいれば、十分にその効果は発揮される。
天音の美しい歌声を聴いて、雪乃は内心うっとりとしながら、全身に力が湧いてくるのを感じていた。
そして、森の茂みからは二体の大きな黒い影が飛び出してきた。
先に飛びかかってきた黒い一体は、雪乃が剣で受け止めて、天音の方へ向かうもう一体の灰色の狼を、彼女は歌い続けながらヒラリとかわす。天音は雪乃の背に隠れるように位置を移動する。
<歌>は歌い続けなければならない。歌えば歌うほど、聞き続ければ聞き続けるほどにその補助効果は増加していく。
雪乃は灰色の狼をけん制しながら、まず先に黒色の方を片付けようと、一気に技のスキルを発動した。
長剣スキル<多段切り>の発動。
精神力を消費しながら、雪乃の持つ長剣は微かな青い軌跡を描いて黒い狼を切り刻む。その斬撃には、天音の歌の効果も交じり合い、重い連続攻撃となって狼の生命力を大きく削る。
ほどなくして、黒い方の狼は光を撒き散らして消えていった。
先にスキルを使用したため、雪乃には連続で技を使用することができない。後のもう一体は、通常攻撃で倒すつもりなのだろう。
歌いながら、雪乃を見て天音は思う。
(雪乃ちゃんも、そろそろステップへ進むべきかな……)
今は天音の補助効果もあって、ゴリ押しの戦い方ができる。しかし、それではいずれ壁にぶち当たる。
雪乃は長剣がメインとなっているが、魔法剣士は盾を持たない戦い方のスタイルである。この場合、1対他勢の時には、魔法で相手をけん制するなどの動きが必ず必要となってくる。
慣れていない初心者の場合、二つのスキルを同時に操作するというのが一つの試練となっている。<剣>を操作しながら<盾>を操作するのは簡単だ。いつも通りに、右手と左手で操作を分ければ良いだけ。そこへ、本来の人間には持ちえない<魔法>の操作を加えると、その操作性は極端に難しくなる。また使用する<魔法>のスキルについても、杖や符といった補助アイテムを使用することができないため、ある程度種類が限られてしまう。しかし、物理攻撃も魔法攻撃もそこそこできるため、汎用性という点では非常に使い勝手が良く、パーティの編成によって役割を変えることのできるユーティリティプレイヤーとして活躍することができる。
スタイルがカッコイイからと努力してその操作をマスターするか、魔法を諦めて盾や剣の二刀流に持ち換えるか、それとも魔法をメインとするか。それは雪乃の今後の努力次第というところだろう。
そんなことを考えていると、雪乃が残りの灰色狼の生命力を削り切った。淡い光を放って、狼の身体が砕け散る。
「ふぅ……」
大きく息を吐く雪乃。力を抜いて、天音の方へ振り返る。
しかし、天音は歌を歌い続けていた。
まだ、戦闘は終わっていない。
歌っているために、直接、天音が助言をすることはできない。それ自体も、雪乃が自分で考えて行動する必要があるため、彼女の成長にとっても良いことだと思う。天音の様子に気付いて、雪乃もまた剣を構えた。
そして、少しの間を置いて、大きな獣の影が二人の元へと突進してくる。
その予想外の巨大な姿に、受けとめようと身構えていた雪乃は慌てて突進を避けて、天音も思わず歌を止めて叫んでいた。
「そんなエサでオレ様が釣られクマ―ッ!!」
「天音さん! 歌、中断しないでください!?」
現れたのは、先ほどの狼たちより一回りも二回りも大きな赤い熊だった。
「なんで熊が出るの?!」
森なのだから、熊の一匹や二匹いてもおかしくはない。
「この森のレアモンスターらしいです。皆で戦ってた時、一度だけ倒しました」
雪乃はそう話しながら、赤熊の大振りの一撃を両手に持った長剣でなんとか防ぎ切る。天音は慌てて<歌>を、今度は<子守り歌>を歌い、赤熊の動きを鈍らせる。
睡魔と闘うような様子の赤熊は、それでも怒りのボルテージを上げて、遅い動きながらも雪乃へ執拗な攻撃を繰り返す。雪乃もなんとか凌いでいるが、熊の高い攻撃力は彼女の生命力を徐々に削り取っている。
不味いと思う。
(ランクBだからって、少し舐めてたなぁ……)
初心者の雪乃より格上の相手。このまま<子守り歌>を聞かせ続ければ、いずれ深い眠りへと落ちて決定的な隙ができるが、それまでに雪乃の生命力が持つかどうか。最初から歌い始めるのが、回復用の<祝歌>だったらどうだったかとも考えたが、それでは決定力に欠け、なによりそれでは雪乃が赤熊の猛攻に耐えられるとは思えなかった。
冷静に考えながらも、天音にはそれほど多くの選択肢が残されていないことを痛感した。
手がないわけではない。
(二年ぶりだけど、大丈夫……かな?)
少し迷うところもあったが、決断してからの天音の行動は早かった。
歌をピタリと止めて、まるで熊の意識も自分へと惹きつけるように、天音は大きく叫んだ。
「雪乃ちゃん、チェンジ!」
叫んだ後、すぐに別の歌を歌い始める。
雪乃は迷う素振りも見せずに、後ろへと一歩引いた。入れ替わるように、天音が紫色の和服を翻して、巨大な赤熊の前へと躍り出た。手には脇差ともう一本の小刀を持って。
そして、天音は舞い踊る。
両手に持った小さな刀で、熊の周囲を踊るように少しずつ切り裂き、美しい歌声と艶やかな肢体で、妖艶な瞳で敵を惑わす。
スキルであれば刀で描かれるはずの青いエフェクトが、その舞には一切見られなかった。しかし、薄紫の着物の袖が軌跡となって、まるで花びらが舞い散るように、彼女は踊る。
歌と、踊りと、ニ本の剣が重なる。微かに響く敵の攻撃を防ぐ剣の音、それさえも演舞の一部として、彼女はただひたすらに踊り狂う。
薄紫の藤の花びらが、風に揺られて舞い踊るように。
雪乃は魔法で援護することも忘れて、天音の姿に魅入った。その魅了の魔法は、敵だけでなく雪乃の心をも掴み取る。
その光景を、雪乃は知っていた。
この〝世界〟へ入ったきっかけ、勧める友人に見せられた映像の一つに、それはあった。
『藤花の舞姫』
そう呼ばれるプレイヤーの姿が、そこにはあった。
敵の姿が輝き始め、それでも止まらない天音の舞。
惚けた雪乃が意識を取り戻したのは、敵の姿が完全に消え失せ、天音の演舞が漸く終演したその後のことだった。
レアモンスターを倒した後、少し歩くとすぐに街道へ出ることができた。
赤熊を倒してから、街道に出てからも、雪乃はずっと天音に詰め寄り続けていた。
「絶対に、天音さんが『藤花の舞姫』ですよね?!」
「人違いです。というか、なんでしょうかその通り名は?」
「有名なんですよ!? 天音さんの姿に見惚れて、この〝世界〟に来たってプレイヤーが何人もいるんです!」
「私がそんな有名プレイヤーなはずがないじゃないですかぁ。それに、似たようなプレイスタイルの人なんて、探せばいくらでも――」
言い訳を繰り返しながら、天音は内心で悲鳴をあげていた。
(なんで雪乃ちゃんが知ってるの~っ!?)
迂闊だった。
長いブランク期間が空いているし、さすがにもう皆忘れているだろうと高を括っていた。特に最近始めたばかりという雪乃は、まず間違いなく知らないだろうと思っていた。
二年も前に、とある〝地域〟の片隅で語られていた通り名。
古い知り合いに見つかれば何か言われるかもしれないが、それは仕方ないことだと諦めていた。しかし、こんなに早くバレるとは思いもよらなかった。
「……実は私、その『藤花の舞姫』って人に憧れて――」
「あんな完璧な舞は、天音さんにしかできません! というか偽物には絶対無理です! いいかげんに白状しないと、皆に言いふらしますよ?」
それは困る。
「……なんで雪乃ちゃんが、その名前を知ってるの?」
「天音さん。それは、その名前が天音さんのものだと、認めたと受け取っていいんですか?」
雪乃からはジト目で睨まれて、漸く天音は白旗を上げた。
「はい……」
ションボリと、天音は小さく頷いた。
その瞬間、雪乃は花が咲くようにニッコリと笑みを浮かべた。
「私、友達に見せてもらったことがあるんです」
「何を?」
「天音さんの、『藤花の舞姫』の舞を!」
「……どこで? どうやって?」
「本当に知らないんですか?」
何も知らない。
この二年の間、〝世界〟のことは何も調べていなかった。
「ネット上に、いくつも動画があがってますよ?」
「…………え?」
思わず目が点になる。
「『藤花の舞姫』は、その動画の中でも特に人気ありましたから。探せばきっと、どこかにファンクラブみたいなものも――」
「なんてこった!!」
頭を抱えて天音は叫んだ。
この〝世界〟には、様々な有名人がいる。昔ながらの豪傑や英雄と呼ばれるプレイヤーたち、大手の〝地域〟マスターたち、それだけでなく、武器や防具の職人、芸術家のようなプレイヤーたちまで、あらゆる分野において名の売れたプレイヤーは存在する。しばらく〝世界〟を離れていた天音でさえ、少し調べれば聞いたことのある名前のプレイヤーが何人も見つかる。
まさか、その中に天音が名を連ねていようとは、全く思いもよらなかった。
「この二年で、いったい何が……」
「きっと本人がいないせいで、噂に尾ひれがついて、どんどん誇張されて神格化していったんですね」
その言葉に、天音はますます落ち込んでいく。
「だ、誰にも見つからないよう、片田舎のリージョンをのんびり旅しようと戻ってきたのに……」
「あ~。たぶん天音さんの場合、遅かれ早かれ皆にはバレてたんじゃないかと」
雪乃は冷静に答える。
そもそも戦闘シーンを記録映像に残すなんて、通りすがりのプレイヤーにはできないことである。二年前の当時、天音の名が売れているということはあまりなかった。親しいプレイヤーもそれほど多くはないので、わざわざ記録映像を残して、さらにそれを流出させるようなプレイヤーの心当たりなんて、もはや数える程度しかいない。
今度会ったら、その本物の『藤花の舞』で切り刻んでやろうと心に誓う。
「……天音さん、何か恐いこと考えてません?」
天音の黒い笑みがとても恐かった。
「こうなった原因を、いつか、絶対に殺してやろうと」
「……ちなみに、その原因というのは?」
「一番疑わしい犯人は、この和服を作ってくれたプレイヤー。二番目は、『藤花の舞姫』っていう通り名を勝手に命名しやがったプレイヤー」
懐かしい友人たちだが、残念なことに、天音が出会ったらまず最初に殺したいやつリストの最上位にその二人の名は書き加えられた。
そんな天音の様子にクスクスと笑って、雪乃はまた改めて天音の方を向き直って話す。
「でも、打ち明けてくれて、本当にありがとうございました! 私、皆には絶対言いませんから!」
言ったところで、しばらくは誰にも信じてもらえないかもしれない。それとは関係なく、雪乃は、天音とはただの友達として一緒にいたかった。
「私も、最初にバレたのが雪乃ちゃんで、本当に良かったと思うよ」
「フレンドリスト、交換してもらえますか?」
「もちろん」
今日のクエストは、簡単な情報収集と狩りだけで終わってしまった。天音としても、せっかくやり始めたクエストなのだから、このまま中途半端に終わらせるつもりはない。
「雪乃ちゃん。明日も、一緒にやる?」
「もちろんです!」
雪乃は、他のパーティの子たちには、しばらくパーティから抜けると伝えるつもりだった。
「明日、皆には学校で言っておきます」
「ちゃんと、皆とは仲直りするんだよ?」
「あはは。天音さんと一緒にいて、ケンカしてたこと、すっかり忘れてました」
街道を歩いて進むと、あっという間に最初の宿場町へと戻ってきた。
二人は明日の約束をすると、今日はここで別れることにした。
「天音さん、また明日もよろしくお願いします!」
「雪乃ちゃんも、よろしく」
雪乃は元気よく頭を下げて、大きく手を振って走って行った。
小さく手を振りながら、天音は雪乃の後姿を見送る。
雪乃の姿が見えなくなるまで手を振って、そして突然蘇ってきた辺りの静けさに、一気に気温が下がったような寒さを感じた。
久しぶりのパーティでのクエストに、明日がとても待ち遠しいと感じる反面、途轍もなく後ろめたいような気になって、まるで泣いてしまいそうなほどに胸が苦しくなった。
良くも悪くも、雪乃は天音によく似ている。
それがかえって、彼女に二年前のことを思い出させて、懐かしさを感じるとともに一層の孤独感を彼女に感じさせた。
「私は、天音なんかじゃないのに……」
誰ともなく呟いたその言葉は、彼女の黒い髪を撫ぜる桃源郷の秋風に攫われて、紅葉した森の木々のざわめきによって〝世界〟の彼方へと消えていった。