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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十章 4.決めた道、笑顔だけを覚えていられるように

山南先生は結局総司につかまったと山崎さんが言った。


あたしは屯所には入れないから、屯所から少し離れた手前の橋のたもとで待っていた。

辞めた屯所に近づくので女装して変装している。

お梅さんからもらった着物に初めて袖を通した。

紺色に小さな桜の小花模様、白い帯。

髪には斎藤さんの簪をつけた。



角を曲がって歩いてくる人影を見つけたあたしはもどかしくて駆けだした。

足に着物の裾が絡みつく。

たくしあげて大股で走りたいのを我慢して小走りでその人のもとへ行く。

総司と並んで山南先生は歩いてきた。

総司は馬を引き、その横をゆったりとどこまでも穏やかな様子で山南さんは歩いてくる。

その表情は晴れ晴れしている。

そして総司も悟ったようなそんな表情で笑っていた。


あたしは屯所でいつもみられた風景に泣きそうになった。


山南先生…もう決めてるんですね。

何もかもを。


「山南先生!総司!」


二人はあたしに気付くと同時に目を見開いた。


「まこと…!」


「やあ…これは…水瀬君なのかい?驚いた。すっかり別嬪さんになって…誰かと思ったよ。」


山南先生はきゅっと目を細めて言った。

この前会った時とは別人のように晴れ晴れとした爽やかな、穏やかな笑顔だった。


「先生…」


あたしは口を開くけれど何も言うことはできなかった。


「君にも心配をかけたね。すまない。」


山南先生はあたしの肩にぽんと手を置いた。

そのいつも通りの山南先生の様子にあたしはポロリと涙がこぼれる。


「ダメだよ、せっかくきれいにお化粧してるのに…涙で流れてしまう…。」


先生は子供をあやすみたいにあたしの顔を覗き込み、背中をとんとんとたたいた。


「先生…明里さんは…知ってるんですか?」


「…。」


何も言わない。

明里さんは知らないんだ。


「総司、少しだけ時間をいいかい?水瀬君と話したいんだ。」


「…はい。」


総司は小さく笑ってそこから少し離れた木の下に腰を下ろした。



「先生…切腹するつもりなんですか?死ぬために全部をあたしに話したのですか??」


どんな答えが帰ってくるのか、もう分かりきっていた。

なのに、聞かずには居られない。


「これはけじめなんだ。最期くらい武士として死にたいんだ。君を余計なことを話して悩ませて本当にすまない。」


死を悟りきった人の笑顔は何でこんなにも澄んでいるのだろうか?


「武士として生きることはできないんですか?!」


あたしは山南さんの袖をつかんだ。


「君は…新撰組を守りたいから隊を抜けると言ったね。守りたいものがあるから、自分はこの道を選ぶのだと。それを見たとき、私はもう決めていたんだ。私も自分の最期はこんな風に潔くあろうとね。

君の凛とした潔さ、決して傷つかないと言ったあの靭さ、まぶしかった。

私の攘夷の思想が新撰組の誠と違ってきてしまっていることについては一分の後悔も、間違いでもないと思っている。ただ、それでも…私は新撰組が好きなんだよ。人情家のまっすぐな近藤さんも、不器用だが熱い魂を持った土方君も、みんな生涯の盟友だと思っている…。

彼らにはどこまでも走って行ってほしいんだ。

伊東さんは私を取り込もうとしている。

彼の思想には共感できるが、私の心はやはり新撰組と共に有るのだよ。私の存在が新撰組の毒になりうるならば、私は喜んで身を引く。これは私の選んだけじめなんだ。」


「!」


”心は新撰組と共に”


あたしは同じ状況なった時、やっぱり山南先生と同じ道を選択するだろう。

自分の譲れぬ志、仲間、そのどれもが大切で…だからこうするんだ。

こうするしかないんだ。


「…明里には言っていないんだ。

でも、彼女ならきっと大丈夫。

水瀬君、すまないね。明里を見守ってやってくれ。」


「そんなの…勝手です!あたしじゃだめです!山南先生じゃなきゃ、どうやって伊東参謀から守るんですか!!」


「私が居なくなったあと、わざわざ人質に手を出すほど彼は暇じゃないよ。」


自分の命のことなのに何でこんな風にひょうひょうとしていられるの?


「先生…!」


「そろそろ戻らねばね。おーい、総司!待たせてすまん。」


山南先生は伸びあがって大きく手を振り総司を呼んだ。

総司は何も言わずほほ笑みをたたえたまま頷いた。

山南先生は去り際にこちらを一度だけ振り向いて茶化すように言った。


「今日の水瀬君は本当に奇麗だね。まるで花嫁のようだ。」


山南先生がいつか言っていた。

”君の花嫁姿が見たい”と。

瞬きした瞬間に涙が一つこぼれた。



もうこれで二度と会えない。

ならば笑おう。

山南先生があたしの笑顔だけを覚えていてくれるように。

先生は自分の誠を貫いて往こうとしているんだ。

だからあたしは精一杯の笑顔で見送ろう。


「山南先生!!」


あたしは手を口に当てて先生を呼んだ。

先生はちょうど土手を上がりきったところでこちらを振り向いたのであたしは大きく手を振った。


あたしは精一杯の感謝をこめて笑った。

目を細めた瞬間に涙に夕日が反射してキラキラ光った。

山南先生は何も言わず笑って手を振り返す。

そして背を向けて去って行った。

あたしはその後ろ姿が見えなくなるまでずっとてを振り続けた。



冬の夕闇が迫っている。

川面にきらきら光る夕日はこの世のものとは思えぬほど奇麗で鮮やかだった。

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