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虹に届くまで  作者: 爽風
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第九章 13.決断、心のゆくえ:土方歳三

「トシ、水瀬君が行ったよ。良かったのか?」


勝ちゃんが襖を開けて俺の部屋に入ってきながら言った。


「何がだよ?」


俺はさして興味も無いように言った。


「あんなに心配して、水瀬君を守るために隊を離れさせる決断をしたんだ。もうなかなかあえないだろう、いいのか見送らなくて。」


「別にあいつは使い勝手のいい隊士だからただやめさせるだけじゃ勿体ないだろ」


俺は会津から来た書類から目を離す事なく言った。

さっきからずっと同じ箇所ばかり目で追ってしまって俺は苛立って舌打ちした。


「全く素直じゃないな、トシは…。あんなに心配して、付きっきりで看病したのはどこのどいつだよ。

トシ、お前水瀬君を女子(おなご)として好いているんだろう?水瀬君もお前にあんなに頼り切っているんだ。好いているのは目に見えているじゃないか。」


勝ちゃんがあんまり真剣な言い方をするもんだから、俺は書類から目を離して苦笑した。


「そんなんじゃねえよ。九つも年若のガキになんで俺が惚れるんだよ。

役に立つ、利用できそうだと思ったから引き止めた。それだけだ。今の俺に新撰組以上に大切な物なんざねえよ。」


「トシ、別に誰に遠慮する事なんかないんだぞ?俺らはいつ死ぬか分からないんだぞ。想いを遂げてもいいんじゃないのか?」


「こっぱずかしいこと言ってんじゃねえよ。色恋なんざくだらねえ。ガキじゃあるめえし。」


勝ちゃんは小さくため息をつくと部屋から出て行った。

まったくいつまで経っても兄貴ぶりやがって。


俺は書類を文机におくと、ごろりと横になった。


見送りなんか行ってみろ、

余計なことを言っちまうかもしれねえじゃねえか。

あいつが屯所から離れることで伊東の汚ねえ策略から守られるならそれでいい。


隊の中に芽生えた不信感を払拭して、水瀬を伊東の野郎から守るためには隊を離れさせる事が必要だった。

そこで、表向きは水瀬を除隊させ、影から監察方としてかかわらせる事を選択した。


俺は結局中途半端なんだよな。

本当に水瀬をこの先全ての危険から遠ざけたいのなら、新撰組から一切の関わりを断つべきなんだ。

それをしねえのは…水瀬が特別だからなんだろうな。

新撰組にとっても、俺にとっても…。

勝ちゃんが言うように俺は水瀬に惚れている。

あいつの笑顔を見るたびに、俺は泣きたくなるほど の懐かしさと暖かさが心を揺さぶる。

それはさながら魂の記憶で出逢うことを渇望していたようなそんな錯覚さえ起こさせるものだった。

水瀬も俺の事を憎からず想っていることは、流石にこの年まで伊達に生きて来たわけじゃねえから気がつく。

でもたとえどんなに互いが想いあっていても、俺はこの先この気持ちを成就させたいとは思わない。

この想いは終生伝えてはいけないものだ。

水瀬に想いを伝え、身体を重ね、夫婦の契りを交わし、子供を産み育て、共に老い、共に死ぬ…。

それは泣きたくなるくらい幸せで決して来る事はない甘美な夢。ただ水瀬を想うとき、水瀬と相生の契りを結び、あいつの笑顔を一番近い所で見て、あいつを幸せにしたいと、そんな人並みな幸せをふと求めたくなることがある。

でもそれをしてしまえば俺は走れない。

その人間らしい柔らかい幸せに身をおいてしまえば修羅の道を行けなくなる。

鬼になれなくなる。

上洛した時、新撰組を拝命した時、芹沢さんを殺した時…俺は鬼になると、修羅の道を往くのだと決めた。命が尽きるその瞬間まで、新撰組の為に鬼になると…そう決めた。

そうでなければこれまで俺が殺してきた人間たちへ申し訳がたたない。

多くの人間を斬り、血を浴び、ひと斬り毎に人間から遠ざかって行く。

その事に少しの後悔も無いし、己もその様に死ぬのだと思っている。

俺は誠の為に走り誠の為に死ぬのだ 、俺の魂に刻み込まれている宿命なのだ。

柔らかな幸せを享受して生きる人間ではない。

だから終生この想いは胸にしまい、決して伝えまい…

これが水瀬以外の女なら俺は抱くことも娶ることをしても鬼として生きることもできる。

でも水瀬だけは、ダメだ。

あいつは誰よりも幸せであって欲しいから、鬼の俺のそばにいてはいけないのだ。


「達者でな…。水瀬。」


俺は今頃山崎の隠れ家に辿り着いているだろう水瀬に想いを馳せ、そっと言葉を吐き出した。


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