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虹に届くまで  作者: 爽風
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第九章 12.訣別の朝、新たな道へ

翌日あたしは隊を離れることになった。

土方さんの判断で早い方がいいだろうとの事でその日のうちにすぐに荷物をまとめて出発する準備を整えた。

一年以上ここにいるのに呆気ないくらい荷物は少なくて、あたしのいた痕跡はすぐに部屋からなくなったのが少し寂しかった。

でもいいんだ。これで。

このままみんながあたしなんかの事で悩まずに揺らぐことなく走ってくれればそれでいい。


「これで 全部っと。」


あたしは嘆息して風呂敷包の口を縛って独りごちた。

包みの中身はお梅さんからもらった着物一式と斎藤さんの簪、それからずっと壬生寺に隠しておいたお母さんの形見の指輪。

この中であたしが元の時代から持ってきたものはこの指輪だけだ。

でも確かにあたしはここに一年半以上生きてきてその思い出は抱えきれないくらい大きくて、その事に胸がいっぱいになる。


ここにいられてよかった。

みんなに逢えてよかった。


あたしはふいに込み上げてくる感情に心が揺らいで目から涙の雫となって溢れてきた。


もっといっしょに居たかった。

みんなと一緒に走りたかった。

命が削られても、

好きな人とと結ばれなくても、

ただ側にいて、

ただ同じ方向を見て走っていければ

それでよかった。


でも今のあたしでは側にいられない。

あたしの存在が必ず足枷になる日が来るから。

それはあたし自身が耐えられない。


だからみんなが揺らがずにいられるように笑って笑顔だけを覚えていられるように今のうちに泣き切ってしまおう。

斎藤さんや、永倉さんには意地っ張りで強情っていわれるんだろうな。

そう考えると苦笑が漏れる。

でもそれは性分だからどうしようもない。

小さい頃にお母さんが死んであの家族の主婦だったんだから。

甘え方も下手になるってもんじゃない ?

だからどういわれようとあたしは頑固で強情で不器用な生き方を貫こうと思う。


「さあ、もう行かなきゃ。」


あたしはえいっと掛け声をかけて立ち上がり、襖を開けた。

最後にもう一度だけ振り返り何も無い部屋に向かって小さく呟く。


「バイバイ、新撰組…。」





八木邸や前川邸の御主人や子供たち、お女中さんのおトキさんに挨拶を済ませて最後に局長室に挨拶に行った。


「失礼します。水瀬です。」


ああ、この部屋にこんな風にはいるのももう最後なんだあ。


「水瀬君、入りなさい。」


近藤先生の声が聞こえて、あたしは襖を静かに開けた。

部屋の中には近藤先生が1人で火鉢を抱えるように座っていた。

その姿はなんだか丸まったクマみたいであたしはおかしくなってしまった。

近藤先生はこう見えてすごく寒がりで去年も紅葉の時分から火鉢を出して土方さんに呆れられていたのを思い出す。


「お暇の挨拶に上がりました。今までこんな得体のしれない私をこちらに置いていただき本当にありがとうございました。皆様のご恩情には感謝してもし切れません。」


あたしは手をついて深々と頭を下げる。近藤先生はあたしに向き直って辛そうに眉をしかめた。


「水瀬君、君が辛い思いをしたのに、力に成れず本当に申し訳ない。」


「いいえこれは全てあたしの未熟さが招いたことですから、これからは遠くから新撰組を見守ります。」


さみしいけど大丈夫だ。ここでの楽しかったことを思い出せば生きていける。

あたしは笑って言った。


「そこでだ水瀬君、また新撰組に戻る気はあるか?」


近藤先生の思わぬセリフにあたしは目を丸くした。


「えっ…それはどういう?」


「君の身柄を山崎君に預けたい。そこで監察として影から新撰組を支えてはもらえぬだろうか?この騒ぎになって表立っておなごのキミをここには置いておけぬが君の力は新撰組にとってなくてはならぬものなのだよ。」


「!」


あたしは突然のことに声を発することがで来なかった。


「もちろん身体と心をよく休めて、また元気になったらでいい。また新撰組にもどって来て欲しい。」


鼻の奥の方がツンとして視界がぐにゃりと曲がる。

あたしは耐えきれなくなって下を向くとパタリと一粒涙が零れ落ちた。

だってそんなこと言ってもらえるなんて…思っても見なかったから。


「近藤先生…!」


あたしは思わず近藤先生に抱きついた。

近藤先生はがっしりしていてお父さんみたいに大きくて暖かかった。


「水瀬君、君はどこに行っても何があっても私たちの家族だからね、だから忘れないでくれよ。

君を傷つけることしか出来ないかもしれない、でも…私達は君を大切に思っているんだよ。」


近藤先生はあたしの背中をさすりながら優しくゆっくりと言った。


「近藤先生…あたし…やっぱり新撰組にいたいです。」


あたしは嗚咽をこらえながら声を絞り出した。


「水瀬君ありがとう。任せたよ。」


近藤先生はお日様みたいに笑って言った。

あたしはまだ新撰組にいられる事が死ぬほど嬉しくて、涙でクシャクシャの笑顔を浮かべてみせた。


「では、先生、行ってまいります!」


あたしは涙をこらえて精一杯の笑顔で力強く言うと、局長室を後にした。


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