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虹に届くまで  作者: 爽風
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第九章 11.絆、ここに居られた幸せ

みんなが突然現れたあたしを凝視している。


あたしはゆっくりとひざを折ってその場に正座した。


「勝手に申し訳ありません。目が覚めて皆さんの会話が聞こえてしまいましたので。

このたびのこと皆さんにご迷惑とご心配をおかけしたこと本当に申し訳なく思っています。」


あたしは手をひざの前に持ってくると深く頭を下げた。


「水瀬君…」


近藤先生が辛そうな顔をしている。

いかつい顔で、見た目はすごい強面なのに、人情家で、涙もろくて誰よりも優しい人。


「私は、除隊の件、謹んでお受けいたします。局長や副長の、皆さんのご厚情に感謝いたします。」


「「「!」」」


「副長がおっしゃったみたいに、私は今、新撰組で…ここできちんと暮らすことはできません。それは私が不覚にも襲われたからで…そのこと自体は自分の弱さが招いた結果なので、自業自得だと思っています。でも…私のことでみんなが不信感を持たれて、そのことで新撰組の結束が揺らいでしまうことだけは耐えられません。だから隊を離れます。」


あたしはみんなの顔を見回しながらゆっくりかみ締めるように語った。

話すうちに自分でも、ああ、そうなんだと納得ができていく。


「水瀬!そんなことで新撰組は崩れねえ!ここにいろ!絶対に守ってやるから!」

「そうだよ。水瀬が居なくちゃ!」


佐之さんや平助君や言ってくれる言葉はすごく嬉しい。自分が独りではないって、ここに居ていいって言ってくれるのは泣きたくなるくらい安心できる。

でもそれじゃだめだ。

今ならわかる。

このままあたしがここに居ればきっとまた伊東さんの策略のために利用される。

それにもしまた同じことが起きたとき、あたしはまだ戦えない。自分の身さえ守れない。

それが原因で新撰組に迷惑をかけるなんて、あたしは自分自身が許せない。

だから身を引く。

これはあたしが決めたこと、だから絶対に揺らがない。

あたしは自分の弱さときちんと向き合うんだ。


「水瀬君、貴女の意気込みはすばらしいが、こんなにも皆が言うんだ。残っても良いのでは?」


伊東参謀が一見優しそうな笑顔を見せる。

だけど目は決して笑っていなくて、その奥の蛇のようなヒヤリとするような光があたしをねめつけている。

この笑顔に誰がだまされると思ってるんだ!

あんたの好きに誰がさせるもんか。

あんたの脅しなんてもう怖くない。

あたしは傷つかない。

だってみんながあたしを信じていてくれる。

だから迷わない。


「伊藤先生に置かれましてもご心配痛み入ります。けれど、先生も以前からおっしゃっていましたよね。女子の身で危険では…と。ですからきちんと自分の弱さに向き合いたいと思います。」


あたしはまっすぐに目をそらさずに伊東さんを見据えた。


「では、水瀬も納得したようですし、水瀬は除隊の方向で。では解散。」


土方さんが淡々となんでもないことのように皆に告げると近藤先生と連れ立って部屋を去っていった。

それを待って伊東さんが一瞬悔しそうな顔をして、去っていく。

山南先生が一瞬辛そうな笑顔をあたしに向けて、源さんと連れ立って部屋を出て行った。

ふすまが閉まった瞬間、総司があたしに向き直った。


「まこと!足手まといだなんて誰も思わないよ。もうまことにあんな思い私が絶対させない、だからここにいなよ。」

「そうだぜ!水瀬!土方さんの言い方はいくらなんでも言いすぎだ。」

「水瀬、ここにいなよ。水瀬にいて欲しいってみんなそう思ってるよ。」


みんながこんな風に必死になってくれることがうれしくて有り難い。


「ありがとう。総司、佐之さん、平助君。でもそれじゃだめなの。

みんながそういってくれるのすごくうれしい。でもだからこそ甘えたくないの。きちんと自分の弱さに向き合いたい。」


あたしはみんなに向き直ってしっかり笑った。


「…。」


総司も佐之さんも平助君ももう何も言わない。


「水瀬、今のお前は無理して笑ってるわけじゃねえな。だったら大丈夫だろ。

もう無理しすぎて倒れんなよ。」


永倉さんが口の端を皮肉っぽくあげて笑った。

ほんと鋭い人。

あたしが無理してたことバレバレなんだ。

当たり前か。

でも、今のあたしは、自然と笑える。

だから大丈夫。

前を向いていける。


「大丈夫だ。(なが)の別れじゃねえ。すぐまた会えるだろ。それに、俺らは時の(ことわり)をぶち曲げてここに、こんな風にいるんだろ?だから大丈夫だ。こんなことでは絶対に俺らの縁は途切れねえよ。」


永倉さんは無精ひげをいじりながら淡々と言った。

そんな永倉さんの言葉が胸にしみていく。

不意に鼻の奥がつんと痛くなる。

ふと下を向くと畳と自分の足が涙でぐにゃりと曲がった。

ダメだ。

泣いちゃう。

止まらなくなっちゃう。

条件反射的に唇をぎゅっとかみ締めて目をきつく瞑って涙を我慢しようとした。


「我慢するな。」


その淡々とした声に思わず顔を上げた。

斉藤さんが穏やかな顔で言った。


「お前はこの前から柄にもなく我慢しようとしすぎだ。お前の性に合わないことはするな。やめる前に泣き切ってしまえ。」


その淡々としながら、けれども優しさが滲み出ている声色を聞くうちに涙がとめどなくあふれてきた。

止まらない。止まらないよ…。

パタパタ畳みに染みを作っていく。

この涙は辛いとか苦しいとかじゃない…。

みんながあたしを信じてくれて、仲間だと思ってくれたことがうれしくて、有り難くて…。

本当はみんなと一緒にいたい。

離れたくなんてない。

でもあたしは自分自身の為にここを離れるのだ。

だから今この涙を流しきってしまったら笑ってバイバイするんだ。

心からみんなの健勝を祈って笑ってさよならしよう。


あたしは膝を折って泣き続けた。

今までの心の澱を流しきるように。

みんなはそれをいつまでも優しく見守っていてくれた。

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