第九章 8.消えない痕跡
まことの心の葛藤を書きたくて章を追加しました。
どれくらいそうしていたのか、小袖も袴もびしょ濡れで身体が氷のように冷たくなって手も足も悴んでしまった。
こんな所でずっといたら心配かけるから、早く部屋に戻ろう。これ以上心配かけられない。
顔を洗って、目を冷やして、
いや、まず着替えないと。
それからご飯を作って、お茶を淹れて…
でも、やらなきゃいけないことはわかるのに、身体が全然うごかないや。
なんか、どうでもいいな…。
全部が面倒くさい。
あたしってなんなんだろう。
なんで、こうなったんだっけ。
ああ、そうだ。
あたしが女なのに意気がったせいで、いろんな人に迷惑かけて、こうなったんだ。
自業自得だ。
ここじゃないどこかに行きたい。
逃げてるとかもうどうでもいい。
自分の存在そのものが気持ちが悪くて、汚くて、ただ罰して欲しくて。
ああ、そうだ、汚いんだ。
だから綺麗にしないと。
あたしは濡れたそのままの身体でしばらく木にもたれかかっていたけど、やおら身体を起こしてぼんやりと井戸のある方へと向かう。
晩秋の凍える雨の中では誰にも会わず、あたしは井戸から水を汲み上げ、口を何度も擦るように洗い、その後は頭から水をかぶった。
何度も。何度も。
かぶった体の感覚はもう無くなっているけど、気持ちの悪い感覚は無くならない。
取れない、取れないよ。
全然綺麗にならない。
ずっと口の中も気持ち悪いし、
身体を触られたぞわぞわした感覚が離れていかない。
消えろ!
消えろ!!
バシャ、バシャ!
こんなことしても無かったことに出来るはずはない。
こんな悲劇のヒロインみたいな馬鹿なことしても何も変わるはずはないことはよくわかっていた。
でも、それでもこの前のことが、さっきの伊東さんの言葉が全然うけいれられない。自分で対処できなくて、無かったことにしたくて、消したかった。否、消えてしまいたかった。
「何やってる!!」
後ろから怒鳴りつけられて振り向く。
番傘から覗くのは黒の羽織、袴に身を包んだ土方さんだった。新撰組のオーナーの会津肥後守様が黒谷にいらっしゃるからそこから帰ってきたのかもしれない。
土方さんは怖い顔をして近づいてきてあたしがつかんでいた桶を奪い取る。
「馬鹿野郎!何やってんだ!
こんな雨の中、まだ身体も治ってないだろうが!」
「…」
土方さんの声が遠く聞こえる。
酷く怒っていて悲しそうだけど、あたしは靄がかかったように何も聞こえなかった。
不意に目の前が揺らぐ。
あたしは膝から崩れ落ちてそのまま意識は闇の中に引きずり込まれた。