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虹に届くまで  作者: 爽風
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第九章 3.不穏な噂

元治元年十一月

その人は新撰組に入隊した。


その人の名前は伊東甲子太郎と言って、平助君が江戸へ東下した折、その博識さと熱い志に惚れ込み是非にということで、新撰組に入隊したのだという。

すらりと整った鼻梁と涼やかな目元は武士というよりも歌舞伎役者のように美しく、洗練されていた。

土方さんもよく役者のようだなんて馴染みの女性から言われるらしいけど、あたしからすれば土方さんは精悍で男らしいけれど、伊東さんは中性的で妖艶な美しさで全然違う。人当たりも良くて、いつも紅を挿したような口元に妖艶な笑みを浮かべていて、隊士たちには上々の人気らしいのだけど、あたしは何だか苦手だった。

時おり見せる爬虫類のような粘着質の視線と皮肉な物言いがどうしても生理的に受け入れ難かった。


✳︎


「水瀬君」


あたしは洗濯を終えて桶や板を片付けていると後ろから声をかけられた。


「伊東先生、どうされました?」


伊東さんが一人の時のあたしに声をかけてくるなんて珍しい。


「君は女子ながら隊士として身を置き、目を見張るような様々な働きをしているそうだね。全く感服するよ。」


何が言いたいの?

全然目が笑ってないし、白々しすぎる。


「恐れ入ります。」


あたしは不審に思いながらも小さく頭を下げた。


「君のような華が新撰組のような男所帯にいるんだ、幹部の皆は特別に目をかけるだろうね。」


「!」


伊東さんが含むような言い方をするのにカチンとくる。あたしが体を使って取り入っているとでも言うのか。


「何がおっしゃりたいのかわかりかねますが。私は確かに女ですが、剣も使いますし実力の世界だと思います。」


あたしはさらりとかわしながらけれど釘をさす。

やっぱりこの人嫌いだ。

この人が来てからどうしてか山南さんはますます塞ぎ込むようになったし。


「ふふ、そんな怖い顔をしては美人が台無しだ。」


完全な上から目線にあたしは内心不信感で一杯だった。


「別に私は女子としてここに居たいわけではありません。一隊士としているのです。」

「それは頼もしいね。」


少しもそんな風に思っていないであろう底意地の悪い笑いだ。

ねっとりとした粘着質な視線が気持ち悪くて、あたしは会釈すると足早に伊東さんのそばを離れた。






最近、隊のみんながあたしを避ける。

もちろん皆んなというわけではない。

幹部の人や古参の人は変わらないけど、まだ来て日の浅い人や伊東さんに傾倒してる人なんかは特に。


初めはわからなかった。

けどさすがに食事なんかをあたしの給事だけあからさまに避けられたり、稽古の相手を避けられたら嫌でも分かってしまう。

なんで?

あたし何かした?

気に入らないことがあるなら言えばいいのに。

あたしの困惑は日に日に増していて、幹部のみんななんかは別に気にすることないからほっとけなんて言うけどあたしは気になってしまうのだ。

あたしはこんな時、自分の胆の小ささを実感してしまう。


「はあ…」


あたしはいつもの縁側でため息を一つ。

よくないな。

どんどんマイナス思考になる。


「どうした?水瀬。」

「斎藤さん。お疲れ様です。」


巡察帰りの斎藤さんに声をかけられた。

あたしは無理やり笑顔を作り顔を上げる。


「いえ、何も…」

「最近稽古も上の空だ。飯も味が薄いし、同じ献立が続いている。何があったのだ?」


斎藤さんは本当に鋭い。

っていうかご飯への言及は姑かって感じだけど。

あたしの揺らぎをこんなにも見透かしているのだから。

こんな風に心配をかけたいわけじゃないのにな。


「…最近、みんなの様子が違うっていうか…。避けられてる気がしてて。」

「…妙な噂が流れている。お前が副長を始め幹部と寝ていると。それで女でもここに堂々といるのだと。古参の奴らはそんなことは馬鹿馬鹿しいと分かっている。来て日の浅い隊士や前からお前の働きに嫉妬していた奴らが噂しているのだ。」

「!」


あたしが?

みんなと寝てる?

だからここに置かれてるって?


「まあ、女が新撰組に居ること自体奇異なことではあるからな。そんなうわさが立つことはある程度は仕方ないが、それにしては噂が妙に信憑性がもたされているからな。だれかが故意に流していると考えたほうが自然だろうな。」


目の前が怒りで白くなる。

そんなことしてない。

だいたい情婦としてここに居るのなら密偵や剣術なんて必要ないし、それ以前に自分の上司信用できないのかよ!

これは幹部のみんなに対する侮辱なんだっつうの!


「あたしは…そんなこと!「分かっている」」

「お前が俺たちの誰かと寝ているなんて誰も思っていない。そんなことをすれば逆にお前自身からここを出て行くくらい潔い奴だからな。水瀬、お前はお前で堂々として居ろ。」


熱くなったあたしを見越したように、言った。


「!」

「皆、心の中ではお前を認めている。

そんな風に下らぬことを言うのは女のお前の力に男としての矜持を揺らがされてしまい、それを認めたくない小さい器の馬鹿だけだ。だからこんなことに負けるな。」


斎藤さんはあたしの目をじっと見据えて静かに言った。しっかりとただ私を信じてくれている。

それが有難くて、あたしのささくれ立った心が凪いでいく。


いつの間にか斎藤さんの背がこんなに伸びた。

ここにきて一年半、前はそんなに違わなかったのに、今は頭一つ分違う。

みんな大人になって行く。

だからあたしも取り残されないように、負けないようにしなくちゃ。

こんなことに揺らいでる場合じゃない。

あたしはあたしで堂々と仕事をすればいい。

ここに来たその時から楽な道じゃないことはわかっていた。



「斎藤さん、ありがとうございます。すごく元気が出ました。今日のご飯はおいしく作りますからね!」


あたしは力強く頷き、足取り軽く夕食の準備に走り出した。


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