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虹に届くまで  作者: 爽風
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第一章 7.過去に生きる

「…ん…」

ゆっくりと目をあけると、昨日泣きすぎたせいで、目が痛くて腫れぼったいのが分かる。


見なれぬ天井。


ここは?

ああ、そうだ…

あたし…タイムトリップしたんだ。


目がさめたらもとの世界に戻れるんじゃないかという淡い期待を打ち砕かれ、落胆する。

いっそ長い夢を見ていると思って現実逃避してしまいたい。

ゆっくり体を起こすと雷の後遺症なのか体のあちこちが痛い。

そうして自分が布団に入って眠っていたことを知る。


今何時くらいなんだろ?

布団、沖田さんにかけてもらったのかな。

お礼を言わなきゃ。


髪を縛りなおし、胸元と裾を直して部屋をきょろきょろ見回していると、ふすまがすっと開いた。

隙間から光が部屋に差し込んできて目に刺さった。

人影が近づいてきてそれが沖田さんだと知れる。


「ああ、起きたんですか。

どうですか、体は。」


「大丈夫です。昨日は助けていただいて、着物や寝る場所まで本当にありがとうございました。」


「いえいえ、大事ないなら何よりです。

ところでお名前伺ってもいいですか?」


「あ、申し遅れました。

水瀬真実と申します。」


あたしは居住まいを正して頭を下げる。


「では水瀬さん、局長と副長がお話を聞きたいそうなので一緒に来てもらえますか。」


「はい。」


あたしは裾の長い沖田さんの着物を手で少したくしあげ沖田さんについて行く。

長い廊下を歩きながら、あたしはこれからの自分の身の振り方について考えを巡らせていた。

もしかしたら斬られるかもしれない。

っていうかその可能性は大。

だって明らかに怪しいし。

でも…ここで生き抜くために隠し通す覚悟を決めないと。


長い廊下の先の部屋の前に来ると、沖田さんが声をかける。

「近藤先生、土方副長、沖田です。」

「はいれ。」

ふすまを開けると奥に座っている人が二人見える。

目が部屋の暗さに慣れなくて部屋の中がうまく見えない。


ようやく眼が慣れてきてそのうちの1人の顔が見えたその刹那…

あたしの全身を電流が流れ、身体中が総毛立つ。





…ヤットアエタ…





「おい、呆けてねえで座れ。」

「…!」

その人の声で我に返り、その場に崩れるように腰を下ろした。


なに、今の感覚。

八木邸でパンフ見たとき時と同じ感じ。


目の前にいる人。

この人は土方歳三だ。

パンフに顔写真が載ってた顔と同じだもの。

何よりあたしは知ってる。

この人を。

どうしてかは分かんないけど。

心のどこかで、否心の底からこの人を懐かしいと感じている。

歴史上の、ピンボケした白黒の写真でしか知らないはずのこの人に、

あたしはどうしてか逢いたくてたまらなかったのだ。

あまりの懐かしさに、涙腺がまたしてもゆるんで鼻の奥がつんと痛くなる。

あたしがこの時代に来たのはこの人が関係していると直感でそう思った。


泣くな。

変に思われる。


奥歯を痛いほどかみしめてうつむいた。


土方歳三は、言われた通り美形だった。

意志の強そうに伸びた太い眉

切れ長の二重の目、

すっと通った鼻筋、

酷薄そうな薄い唇

そのどれもが恐ろしく整っていて、はっきり言ってめっちゃ男前だ。

その形のいい眉を歪めてあたしを見ている。もといにらんでいる。


正面に座っているのは近藤勇だろう。

エラの張った顔ときつい目つき。

写真で見たよりも若くて土方歳三とは違った重厚な威圧感がある。



「おまえ、名前は何だ。」


「水瀬…真実と申します。」


「なんであんなところに倒れて居やがった。」


「それは…」


「はっきり言わねえと斬るぞ。」


「っ!」


いつの間に刀を抜いたのか、あたしの首元に鈍く残忍な光を宿した刀が突きつけられる。

首筋にぴりりとした痛みが走った。

背中に嫌な汗が流れる。


「としっ!」

近藤勇が土方歳三をいさめる。


覚悟を決めよう。

あたしは未来から来たことを隠す。

自分を守るために、この先の歴史を守るために。

隠し通そう。

絶対に。

下手なことを言わない方がいい。

あたしは意を決して言葉を発した。


「その…わかりません。」


「なめたこと言ってんじゃねえぞ!小僧!」


「本当に…わからないんです。どうして自分がここにいるのかも…

気がついたら…壬生寺…に倒れて…いて。」



これは事実だ。

気がついたら壬生寺に倒れていて…

家族には会えないかもしれない。

どんなに遠くだって同じ時の流れにいれば会えるかもしれない。

でも…150年という時、それは死よりも遠い別。

もう永遠に会えないかもしれないんだと思うと視界がぼやけてくる。


「ふん、それが本当だと信じられる根拠は?間者かもしれないとどうして言い切れる?」


「残念ながら…今の私にはどう責められても、これだけしかいうことはできません。

証明しようにも、私自身分からないのです。」


誰もいない。

自分とつながる人は。

あたしは全然違う世界に来てしまったんだ。


「なあ、トシ、この子は記憶がないんじゃないのか?」


いままで黙っていた近藤勇が思いついたように言った。


「何言ってんだ?そんな馬鹿なこと。名前だってちゃんと言えただろう?」


「いや、以前多摩にいた頃、雷に打たれて名前以外の何もわからなくなってしまった人間を見たぞ?

そうでなきゃあの雨の中傘もささずにあんなに物騒な場所に着のみ着のままで倒れているなんて普通じゃありえんだろう?

間者にしたって総司が偶然通りかかったから良かったものの、そうでなきゃ寒さで死んでたもしれないんだぞ?

そんな不確定なこと間者がするだろうか?

もしかしたら雷に遭ったことで記憶が混乱しているのかもしれんだろう?」


記憶が混乱か…

そうだったらどれほどよかっただろう。

わからなくなってしまえば、そうすればここでなんの疑問も思わずに生きていけたかもしれないのに。


「ああ、そういえば、今が何年かなんて聞いてましたよ?

雷に打たれると魂を抜かれるって言いますし、名前以外の一切を抜かれてしまったんじゃないですか?」


沖田さんは真面目な顔してつけ加えた。


「なあ、とし、この子をここに置いてやれないか」


「勝っちゃん!!何言ってんだ!!

こんな素性も知れない怪しい奴おけるわけないだろ。」


ズキン


確かにその通りなんだろう。

あたしは未来から来たこと隠してるし、そうでなくとも怪しい人間を置くなんて考えられない。

でも自分勝手なのはわかってるけど、拒絶されるってつらい。


「いいじゃないすか、置いてみれば。」


シリアスな雰囲気を突き破ったのは沖田さんののほほんとした面白がるような言葉。


「総司、これは遊びじゃねえ。もし近藤さんの身に何かあってからじゃ遅いんだ!」


「させませんよ。そんなこと。

わたしや土方さんがいるでしょう。

気になることが出てきたらすぐに斬ればいい。ただそれだけです。

それに、土方さん。

こんな身寄りのない子を放り出せば、身ぐるみはがされて、明日の朝には鴨川に浮かびますよ。

そんな死に方されても寝覚めが悪いでしょう?」


「…!」


信じてもらえるなんて思わない。

信じられる人なんて誰もいない。

これから先は孤立無援。

幕末はこういう世界なんだ。


でもあたしはここに何とかして居ないと。

あたしがここに来たのはきっとこの土方歳三と関係があるとしか思えない。

さっきの妙な感覚はきっとそうに違いない。

未来への唯一の手がかりかもしれない場所へ居るためにあたしは指をついて頭を下げる。

「どうか、よろしくお願いします。

ここに置いてください。」


土方歳三はあたしを胡散臭そうに睨みながら言った。

「ふん、いいだろう。大将が決めたことだからな。

ただおまえを信じるわけじゃねえ。少しでも妙なまねをしてみろ、わかってんな。」


「…はい。」


負けるもんか。

ここで生きること、過去にいきるっていうのはこういうことだ。


「時に水瀬さん、あなたをここに置く以上、隊士として置くことになります。

入隊試験を受けてもらいましょう。どうですか。近藤先生、土方副長。」


「ああ、だが時に水瀬君、剣術の心得はあるのか?」


「えっと…」


「ありますよ。」

と答えたのは沖田さん。


「?!」

なんで知ってるの?

そんなこと一言も伝えなかったのに。

あたしは沖田さんに向き直る。



「きのう寝かせたときにあなたの手をみたら、剣ダコがありましたからね。

どの程度のものなのか見せてください。あなたの腕を。」


沖田さんはぞくりとするような笑顔があたしを貫いた。

ここに味方なんて誰もいない、そう実感させる冷たい笑い方だった。

まことが記憶喪失だと勘違いされたということに変更しました。

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