表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹に届くまで  作者: 爽風
78/181

第八章 11.嘘の限界

再び目が覚めたとき、部屋の中は薄暗くて夕闇が迫っているのが感じられた。


「水瀬さん、大丈夫ですか?無茶しないでくださいよ!」


新之助君があたしを看ていてくれたんだ。


「…うん、ごめん。」


新之助君が部屋から出て行った。



夢の中であの人が言っていたことは紛れもない事実なんだろう。

あたしは魂と身体が時を超えて別の時空にある。

こんな突拍子もないことを聞いても驚かない自分が不思議だったけど、心にすとんと落ちるというか、納得できた。


ああ、やっぱり。

あたしは心のどこかで気付いていた。

もう戻れない。

あたしは…本当に…

魂だけがここに居て、ここに死ぬまでいるしかないんだ。


身体は目覚めることなく生きる屍としてもとの世界で眠り続け、魂が燃え尽きるとき、一緒にその生を止める。

あまり長くは生きられないとあの人は言った。

あたしの身体が先に朽ちれば、幕末の今から消えてしまうんだ。なんの痕跡も無く。

生きた証も残らない。

逆にここで死ねば平成の世で眠るあたしの身体はその機能を止めるんだ。


そしてそれはあたし自身が望んだことなのだという。

そのために時空の(ことわり)を歪めた罰として魂の半分を持つ人とは結ばれないという運命を背負って。

あたしの魂の半分…

誰?

あたしは一瞬土方さんの顔が思い浮かんだけれど…

すぐに打ち消した。


土方さんがあたしを望むはずがない。

彼の心を占めるのは今もお琴さんなのだから。

でもそんなことはどうでもいいのだ。

だって結ばれないのだから。

あたしは矛盾してる。

自分の心の片割れが土方さんならいいと思う一方で、そうじゃないことを望んでいる。

あたしはこの先土方さん以外の人を好きになることができるんだろうか?

ずっと思い切れないまま、諦めきれないまま、伝えることもなくずっと苦しいままなんだろうか?

なんで?

あたしはそんなこと望んだ覚えはないのに。


身体は傷はこんなにじくじく痛むのに、

こんなに血が出たのに、

なのにこの身体は本物じゃない。

そんなことがありえるの?

なんで、神様?


自分が死ぬまで大切な人たちの死を見届けなければいけない、好きな人とも結ばれない、それがあたしの運命。

どうしよう…

痛すぎて…苦し過ぎて、涙さえ出ないよ…


「調子はどうだ?」


ハッとして寝たまま振り向くとそこには土方さんが居た。

全然気がつかなかった。

土方さんはいつになく優しい調子だった。


不意に涙が浮かんでくる。

ああ、あたしやっぱりこの人が好きだ。

無愛想で、不器用で、なのに照れ屋で…優しくて。

誰よりも熱い魂を持っているこの人が。

広い背中も、時折見えるえくぼも

剣ダコだらけの節くれだった手も…

びっくりするくらい長いまつげも…

全部全部大好き…。

利用されてても、例え結ばれなくても…それでもあたしはこの人が全身で大好きだ。

ただ懇々と泉のように枯れることなく好きと言う気持ちが湧き出てくる。


土方さんはさっきからずっと黙っている。

あたしも目を伏せてじっとしていた。

この時間が苦しいのにうれしい。

今同じ空間に居られることがこんなにもうれしい。


「…水瀬、お前本当は何者なんだ?」

「!」


あたしは息をのんで突然の質問に驚いた。

身体が固まってしまうのを感じた。


「…」


あたしは言葉を発することができなかった。


「昨日…」


不意に静かな調子で話し出し、あたしはびくんと身体が震えた。


「お前が怪我で倒れた時に、お前の身体が蛍みたいに光って身体が透けていったんだ。

このまま消えて無くなるかと思うくらいに。なあ、教えてくれ。水瀬…お前は…何者なんだ?」


見たこともないくらいに土方さんは狼狽して苦しげに眉を歪めて絞り出すように言葉を紡ぐ。


潮時だ…。

隠しきれない。

何より蟠りをもったままではここには居させてもらえないだろう。

…みんなに話そう。


「…話します…。みんなに。真実を。」

「じゃあ明日屯所に戻ったら話せ。」

「…はい」

「…あの時…」

「え?」

「お前がまた消えるかと思ったらいてもたってもいられなかった。人間が光るなんて気味悪いと思ったが、だかそれ以上に、俺はお前が居なくなることが怖かった。」

「土方さん…」

「また明日。しっかり休め。や」


土方さんはあたしの言葉を遮って静かに立ち上がると部屋を出ていった。


あたし何を言おうとしたんだろう?

土方さんが遮ってくれてよかった。

土方さんがあたしがここにいることを望んでくれたからと言ってこんな動揺してる中でおかしなことを言うべきじゃないもの。


でもずるい、そんな風に言われたらますます好きになっちゃうじゃん。


明日、全てを話した時、みんなはどんな風にあたしを見るだろう。

嫌われたくない。

ここにいたい。

でもそんなのは都合のいい願望でしかない。

あたしは嘘をついて騙してきたんだ。

皆を好きだと言いながら結局は信用していなかったんだ。


もし追放されても、斬られても覚悟を決めて凛と笑って受け入れよう。

だってこの1年はすごく幸せだったもの。

辛いことも苦しいこともあったけど、みんなに逢えて本当に良かったと思う。

だから明日話そう。

ありのままを。

今度こそ嘘をつかなくてもいいように。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ