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虹に届くまで  作者: 爽風
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第八章 10.水瀬の謎:土方歳三

なんだったんだ?

一体?

瀕死の重傷を負って帰ってきた水瀬を手当し、目覚めるのを待っていたとき、俺たちは目に映るものが信じられなかった。

目の前で眠っている水瀬の身体が内側から蛍のような光を放って輝きだしたのだ。

そして身体が透けて向こう側にある障子が透けて見える。


人間が光る?

どういうことだ?

一体水瀬は何者なんだ?

この世の人間なのか?


これを見たはちょうどその場に居た俺と山崎、斎藤、総司の4人だけだった。

誰も何も言わない。目の前の光景が衝撃的過ぎてどう口を開いていいのかわからないのだ。


ただ何か人智を超えた世界に水瀬が行ってしまう。

あの水瀬が川にのまれたあとの暗黒の地獄みたいな日々が繰り返される、そう思った時には唖然とする山崎達を尻目に水瀬の手を握って叫んでいた。「戻ってこい!」と。


俺はこの時水瀬がこの世から消えることを何よりも恐れているのだと気がついた。


生きていてほしい。

ただ笑って居てくれればそれでいい。

自分が幸せにすることができないのに全く俺はなんて勝手な野郎なんだ。

でも、俺以外の誰でもいい。

ただあいつを幸せに、守って、あいつがこの空の下どこかで笑っていてくれたらそれが一番いい。

そんな風にさえ思うのだ。


水瀬はどうにか意識を取り戻し、再び眠りに落ちた。

そんな水瀬はいつもと何も変わることはなくて、俺は、自分が見たものは全て夢だったのではないかとさえ思った。


「これは…一体…。土方さん、まことは何者なんですか?」


総司が呆然とした様子で口火を切った。

何者…。果たしてそれにはどう応えていいのかわからない。


「山崎、水瀬は江戸で確かに身元が明らかになったんだよな?」

「…それは…。」


山崎が言い淀んだのを見て俺は詰め寄った。


「山崎!!答えろ!!」

「副長、私は嘘の報告をしました。それは全て私の一存です。私は始めは水瀬を間者だと疑っとりました。出自を調べても水瀬が生きて存在した痕跡が全くない。それは江戸も、長州も京も同じでした。人間は生きていればどこかでその痕跡が残るもんです。それを全く残さないなんて忍びでもなかなか出来ない。何者かと詰め寄れば話さない。だから俺はこのことを副長に報告して処断してもらうつもりでした。だか島原で密偵をしている水瀬を見ているうちにこいつの出自がなんであろうとそんなことはどうでもよくて、新撰組にとってこいつを残すべきだと判断しました。だから俺は問題なしと報告しました。」


俺は山崎の胸ぐらを掴み一発殴った。

鈍い音が響き、拳にもびりびりとした痺れが伝わる。

こいつが嘘をつくなんて水瀬も随分見込まれたもんだ。

山崎は任務に妙な仏心を出すやつじゃねぇ。よほど水瀬を信頼し、守りたいと思った結果なのだろう。


「二度とこんな真似済んじゃねぇ。馬鹿野郎。」

「…申し訳ありませんでした。」

「では…水瀬が本当は何者なのかは誰にもわからない、ということなんですね。」


斎藤が珍しく狼狽して言った。


そうだ。

水瀬が何者なのか誰にもわからないのだ。

生きている痕跡がない??

…この世に生きる者ではない…?

そんな可能性が一瞬頭をよぎるがすぐにその可能性を打ち消した。

まさかな…。

そんなことがあるはずがない。

触れることも出来れれば、血も流す。

確かにここにいるのに、こいつはなんなんだ?


「でも…まことが新撰組の為に必死に、並みの男以上の働きをしているのは確かでしょう?だったら何者でも問題ないでしょう!?」


総司が必死になって声を上げた。

ただ誰も何も言うことができない。


「…直接聞くしかねぇだろ。本人に。」

「土方さん!?」

「仕方ねえだろ…あんなもん見せられたらそのままにしとくわけにはいかねぇし。とにかくこの事は俺らだけの胸のうちに留めろ、いいな!!」


3人は小さく頷いた。



七月二十日。

昨日長州の連中が放った火は燃え広がり、結局今日の正午まで火は燃え続けた。

京の街のほとんどが焼け野原になり、火が消えた今も焦げ臭いにおいが町中に立ち込めている。


水瀬が再び目を覚ましたのはその日の夕刻あたりになってからだった。


「副長、水瀬さんが目を覚ましました。」


水瀬の看病をしていた清水新之助という若い隊士が俺を呼びに来た。

水瀬が目を覚ましたら呼ぶように言いつけてあったのだ。

新撰組陣営の組合所にけが人と数名の看病人が残っていた。

俺は人払いをして水瀬のが寝ている部屋に声をかけてはいる。

俺が来たことには気づかなかったらしい。


水瀬はまだ起き上がることもできず、ぼんやりと窓の外を見ていた。

夏の夕方は物悲しい。

布団から覗く水瀬の白い浴衣と、首筋が迫りくる夕闇にぼんやりと仄かに浮かび上がり、それは夏の宵を彩る夕顔のように可憐で、同時にどこまでも儚げだった。

物思いに沈むその姿は普段の輝く笑顔からは想像もつかぬほど頼りなく、このまままた消えてしまうのではないかとさえ思えるくらい儚く哀しげだった。


「調子はどうだ?」


俺は努めて平静を装いながら言うと、驚いたように俺に向き直り、その動きに傷が疼いたのか顔をしかめた様子に俺は安堵した。

ああ、いつもの水瀬だと。

よかった。

ここにいると。


「土方さん、こんな寝たきりですみません。ご迷惑おかけしました。不覚を取ってしまいました。」


水瀬は血の気の引いた真っ青な顔ながら、その表情は凛として、きっぱり「仕事の」顔で言った。


だから見事だと思う。

どんな時もこいつは揺らがず、凛として何に対しても向き合い続ける。


「いや、ガキかばってのことだと清水が言っていたし、そいつは清水が捕縛したから問題はねえ。

おまえは早く良くなって隊務に戻れ。」

「はい。」


明らかにホッとした様子で水瀬は顔をほころばせた。

「なんだ?」


「切腹させられるかと思ったんです。戦場で気を抜くなんて士道不覚悟って言って。」

「馬鹿だな。」


俺はふっと笑った。

水瀬を切腹させるなんて考えは俺には一切なかったな。

こいつが俺たちのもとに来て一年以上が過ぎた。

そういえば俺はこいつを男だと思い込んでたんだよな。

恰好も袴だったし、剣術も総司に引けを取らないくらい強くて、全然色気がなくて…。

でも一年たった今では男になんてどうやったって見えねえ。

太陽みたいに輝く笑顔。

遊女になった時のどきりとするような艶やかさ、

夕闇の物思いに沈む儚さ。

何物も侵すことのできない凛とした静謐。

こいつはいろいろな表情を俺たちに見せてきたがそのどれもに俺は感情を揺さぶられている。

まったく…大した女だぜ。

水瀬、おまえはこの先どんな表情を俺たちに見せるんだ?


「…水瀬、お前本当は何者なんだ?」


俺はついに口火を切った。

もう戻れないかもしれない。

何も知らない頃には。

知らないふりをすればきっと楽に生きられるかもしれない。

でも、それでも、俺達は知らなければいけない気がした。

こいつの秘密を。


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