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虹に届くまで  作者: 爽風
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第八章 7.禁門の変:斎藤一

ついに長州が動き出した。

倒幕派の急先鋒が京の伏見、山崎、嵯峨野に布陣しているのだ。

新撰組もそれを向かい打つべく九条河原に布陣することになった。


体調を崩している山南さん、額のけがが治りきらない藤堂さんは屯所固めをすることになった。

最近山南さんの表情が浮かない。

何かを思いつめたようなそんな顔をする。

どこまで皆そのことに気づいているのだ?


明日は出陣、ささやかな宴がが屯所で行われている。

俺は厠へ行くためふと縁側に出ると水瀬が山南さんと並んで座っていた。

ここからでは話し声は聞こえぬが山南さんがいつになく穏やかな表情で笑っていて俺は少し安心した。

水瀬には人を元気づける力がある。

水瀬の笑顔は太陽に似ている。

燦燦と輝き、ふつふつと湧き立つ力を与えるのだ。

不意に胸が熱くなるのを感じた。

ああ、惚れている。


俺は池田屋事件のあの日がなぜか不意に思い出された。

水瀬はあの日、沖田さんを妙に気にかけていた。

まるで、沖田さんの身体に変調が起こるのを知っていたかのように。

時折思う。水瀬はいったい何者なのかと。

俺たちの予想もつかぬ次元に生きているのではないかと思ってしまう。

俺と副長が池田屋に応援に駆け付けたとき、水瀬は血だらけになって意識のない沖田さんを抱きしめて泣いていた。その時、胸をかきむしられるような焦燥に駆られた。

それは強烈な嫉妬。

醜い。なんと未練たらしい。

想いは受け入れられぬと水瀬の口から聞いている。とうに片恋に終わることは承知済みではないのか?

時折思う。

この恋は底の見えぬ沼のようだと。いったん足を踏み入れればどこまでも際限のない激情に翻弄され、息もできぬほどその感情におぼれていく。

果てしなく終わりの見えぬ恋の道。

あきらめたいのにあきらめられない。

いっそ憎むことさえできたなら楽なのに、水瀬の見せる笑顔はそんな苦しみを一瞬にして消し去り、喜びだけを残す。そしてまた苦しみの深みにはまっていくのだ。


明日、水瀬も戦場に行くのだという。

まったく危険のあるところにばかり行きたがる…

なんという女だ。

決して男に守らせない。

女子なのに…いやそんなことは水瀬には全く関係ないことなのだろう。

俺たちの男としての、武士としての矜持すら揺るがされてしまうほどの凛とした強さとまばゆい輝きを放って水瀬はこの先も白刃の中を走り続けるのだろう。

願わくば水瀬のそばでお前に恥じることなく、笑顔でお前を支えられる強さがほしい。

お前と想いを通わせることは望めまい。

ならば、お前と同じ時を生き、同じ方向を向いて走って行ける、このことを至上の幸福に想い生きて往きたい。そのように潔くありたい。

この気持ちは今はまだ虚勢でしかない。

だが、きっと心の底からそう思えるような武士になって見せる。

お前に恥じぬ武士になるのだ。



元治元年七月十九日。

俺たちは京の九条河原で来るべき長州軍との対決に備え野営を張った。

幕府の総指揮は一橋慶喜公。

尊王攘夷に同情的な水戸の慶喜公がどこまで采配を振れるのか?

果たして肥後の守様はどうしていらっしゃるか。

俺は案じていた。

京の夏は暑い。

昼ともなればまるで蒸し風呂のようだ。

九条河原に来てからもうすぐ十日立つが、長州の軍勢はすぐそばまできているというのに、幕府は長州の入洛を待っている。


それにしびれを切らした副長と局長は一橋公に詰め寄ろうと邸宅に押し掛けたのを肥後の守様にとりなしていただいたのだ。

まったく、熱血漢の局長はともかく、冷静沈着な副長までそんな暴挙に出ようとは思いもしなかった。

あの人は冷徹な鬼の仮面をかぶっているが本質は誰よりも熱い想いを持った不器用な男なのではないかと思う。

本人に言ったら「切腹させる!」とどやされるだろうか?

そんなことを考えていたら不意に笑いがこみあげてきた。

本格的に暑さで頭がいかれてきたのかもしれぬな。


夜明け。

「藤の森の大垣藩と長州軍が開戦した模様!」

ついに来た。

「新撰組いざ出陣!!」

「おお!!」

隊士たちが鬨の声を上げる!

「ご武運を」

「武運を!」

俺たちは走り出した。

歴史の波がうねりをあげて俺たちを飲み込んで行くのを見た気がした。

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