第八章 6.修羅の道:土方歳三
水瀬が俺に対して淡い恋心を抱いているのを気付いたのは、あの五条大橋での吉田稔麿との対決の時だった。
あいつは俺の腕を傷つけることで、自分が増水した川に捨て身で身を投じてでも俺を助けることを選んだ。
川に水瀬が落ちる瞬間、あいつの目には確かに恋情があり、俺は全身総毛立つのを感じた。
あいつは女として、武士以上の選択をした。
まったくなんて見事な女。
あいつが居なくなって…俺は自分の中にある激情に気付いた。
狂おしいまでにせつなくて、遙かなたの昔からこの女に逢うために生きていた…そんな狂気にも似た錯覚を起こしてしまいそうなほどの激しい想いだった。
俺はかつてこんなにも心を揺さぶられるほど激しい恋情を女に抱いたことがあるだろうか?
恋情…
そう、俺は水瀬に惚れている。
どうしようもないほどに。
池田屋で血だらけになって泣きながら総司を抱きしめる水瀬を見たとき、俺は胸にかつて感じたことのないほどの鈍痛を覚えた。
それは嫉妬。
だが同時にこのまま総司を好きになって、総司の嫁になってくれればとも思った。
俺はそうすれば揺らがずに鬼になれる。
だから総司をたきつけた。
俺が女としての水瀬を、居場所がここにしかない水瀬を、そして俺への淡い恋心をもった水瀬を今まで、利用し続けたのは事実だ。
だから事実を言ったまでなのだが、きっと総司はあいつを守ろうとするだろう。
そして全部の危険から遠ざけてきっとあいつを幸せにできる。
あいつはほかのことならどこまでも冷徹になれるくせして、恋愛にはどこまでも潔癖だ。
だからこそ、水瀬のような女がそばに居れば、どこまでも人間として大きな男になれるだろう。
そして水瀬自身も総司みたいなまっすぐな男が似合う。
鬼になるのは俺だけでいい。
そのために俺は芹沢を殺し、局中法度を作り、血を浴び、修羅の道を進んできた。
そしてこの先もそれは変わらねえ。
今更揺らぐなんて今まで俺に殺されたやつらの無念はどうするんだ?
いったん鬼になったのなら、最期まで、戦場で力尽きるその最期の瞬間まで鬼であり続ける。
水瀬、総司にしろ。
あいつならお前を幸せにできる。
俺はお前を守ることも、幸せにすることもできねえ。
お前よりも俺は迷わず志を選ぶ。
だから、総司と幸せになれ。
*
池田屋事件のあと俺らの名は全国に響いた。
近藤勇の名が、新撰組の名がこうして歴史に刻まれたんだ。
だが倒幕派は焦っているだろうな。
倒幕派がこのままで終わるはずはねえ。
長州が軍勢を集結させている。
何かが起きる。
この先俺らはどこまで血を浴びるのだろう?
その先には俺たちの志が達成される日が来るのだろうか?
「土方!」
近藤さんが会津肥後守様の御屋敷がある黒谷から戻ってきた。
にしても、何あんなに焦ってんだ?
俺はふすまを思いきり開けた。
「どうした?あんたは大将だ。みっともなく騒ぐんじゃねえよ。」
「ああ、すまん。」
近藤さんは汗を拭きながら俺の前に腰を下ろした。
「土方、長州が動き出した。すでに、伏見、山崎、嵯峨野の三方に布陣している。京の九条河原に新撰組も出陣のお達しを受けた。われら新撰組も長州軍を迎え撃つ!」
「ついに来たか!」
ついに来た。
さあ、さらなる修羅の道へ行こうじゃねえか!
「近藤さん、至急幹部を副長室に集めるぜ!」
「おう!!」
俺にはこんな生き方しかできねえ。
色恋なんざ、必要ねえのさ。