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虹に届くまで  作者: 爽風
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第八章 4.病みあけ:沖田総司

池田屋事件から三日、新撰組は事後処理に追われていた。

私はというと情けなくも自室で絶対休養を言い渡されて寝ていた。

昨日のことは熱に浮かされたみたいにあいまいで頼りない。

近藤先生と二階へ斬り込んでいき、めまいがしたと思ったら、視界が暗くなり、そのあとの記憶はない。

気付いたら、組合所だった。

土方さんたちが池田屋の二階に到着したとき、私は血まみれのまことに抱きしめられていたらしい。

どうやら私は熱にやられて昏倒したらしく、その間まことはたった一人で、倒幕派と闘っていたらしいのだ。


倒幕派の死者の中には吉田稔麿と身元の分からない女の遺体があったらしい。

まことが闘った結果なのだろうか?

私が倒れたせいで辛い思いをさせてしまったな。

情けない。

二度とまことを危険な目にあわせたくなんて無かったのに。


暑い。

熱はだいぶん下がったものの、真夏の蒸し暑さで頭がぼんやりしてしまう。

私は浴衣の襟元を開けて団扇で風を送った。


「総司、大丈夫?」


ふすまが開いて水の入った桶と手ぬぐいを持ってまことが入ってきた。

まことは珍しく髪を横で束ねて絣の紺の浴衣を着て、袖は襷掛けにしている。

きっといろんな人の看病に駆り出されているのだろう。

着ているものもそっけないのに、襟元や二の腕の白く柔らかそうな肌がまぶしくて、熱のせいばかりでなく、顔が熱くなるのを感じた。


「ん?もうだいぶいいよ。」


私はそんなまことから目をそらし天井の木目に目を移した。

まったく私らしくない。


「そっか、よかった、よかった。

新しい替えの浴衣持ってきたよ。手ぬぐい替えるね。」


桶の中で涼やかに水が跳ね、まことの冷たい小さな手が額の熱を吸い取っていくようで心地よかった。

子供のころに戻ったみたいだな。

もう永らくあっていないけれど、熱を出した時ミツ姉さんがこうしてついていてくれたものだ。

なんだかくすぐったくて落ち着かない気分になる。


「汗かくようになってよかった。これで体の熱が外に出るね。じゃあ背中だして。」


まことは後ろを向いたままとんでもないことを言う。


「ええっ?!」

「何?汗かいたままじゃ気持ち悪いでしょ?浴衣替える前に背中拭いてあげるから。」


まことはさも何でもないことのように言うけど、何とも思わないのだろうか。

それはそれで男としてみてもらっていないということで少し哀しい気もするけれど。


「あ、うん。じゃあ…」


私はまことに背中を向けて浴衣を脱いだ。

ひんやりした手ぬぐいが背中を首から腰にかけてゆっくり汗を吸い取っていく。

一瞬まことの細い指が肌に触れ、その部分がやけどしたように熱をもつ。

落ち着け!

なりやめ、心臓!


「ねえ、まこと。」


そうだ言わなければいけないことがある。私は沈黙に耐えられなくなって口を開いた。


「ん?なあに?」


まことは背中越しに私を覗き込んだ。


「昨日ありがとうね。守ってくれて。でも…私は情けないんだ、

あんな危険な中でまことを一人にして自分はぶっ倒れてるなんて。」


そうだ。

守りたかった。

私にあるのは剣術だけだ。

それは危険な状況でも近藤先生や土方さんや…まことや、大切な人たちを守って切り抜けるためのもののはずだった。なのに…一番大切な時に私は役に立たなかったんだ。

近藤先生のように人の上に立つ器や求心力を持っているわけではない、

土方さんのように組織をまとめる辣腕があるわけでもない、

自分にあるのは…剣術だけだ。

今まではそのことにさして疑問を持たなかった。近藤先生や土方さんが表舞台で立ち回るために自分は剣術で、黒子として働けたら、それが一番いいと思っていた。

なのに、いつからだろう。

そんな自分に焦りを感じだしたのは…。

そのうえ、重要なところで働けないなんて…。

自分の存在意義が見えなくて、無力さが情けなくふがいない。


「なあんだ、そんなこと…馬鹿だねえ。あたしいつも総司に守ってもらってるよ?」


まことはなんでもないことのように手を動かしながら笑って言った。


「え?」


私は首を傾ける。

まことはゆったりとした調子で桶の中に手ぬぐいを浸して絞っている。

そして静かに言葉を紡ぎだした。


「”背中は預けたよ”ってあの言葉。自分が信頼してもらってるって、任されてるって何よりも強力なお守りだと思う。だって絶対に負けられないっておもうじゃない?それって十重二十重に守られるよりもずっとずっと嬉しいんだから。総司があんなふうに言ってくれなかったら、あたし、きっと戻って来れなかったよ。だから、信じてくれて…ありがとう。うれしかったよ。」


まことの言葉は飾り気が無くてまっすぐで、私の心の奥どこまでも深くまで沁みこんで行った。

温かくて、でも力強い。

まるでお日様だ。


「そっか…。」


私はうまく言葉を発することができなかった。


「あーなんか恥ずかしいね。浴衣ここ置いとく。じゃあ、着替えてちゃんと寝るんだよ!」


まことは照れくさいのか少し乱暴に手ぬぐいを桶に入れて勢いよく立ちあがり、そして部屋を出て行った。


なんていうかしてやられたな。

やっぱりただの女子じゃないんだな。

あーあ、まったく反則だと思う。

そんな言葉、うれしくて仕方なくなってしまう。

どこまで行っても私の想いは片恋なのは目に見えているのにな。


私はまことがもってきてくれた浴衣に着替え、布団に横になると、夕凪を感じながら眠りに落ちた。




ふと目を覚ますと夕闇が迫っていた。

部屋全体が薄暗くなっていて、ひぐらしの鳴く声が妙に物悲しさを誘う。

とその時、ドタドタ走ってくる足音が聞こえてきた。

あの足音は…


「よぉ、調子はどうだい?」


佐之さんが顔をのぞかせる。


「もうだいぶいいですよ。」


「まったく心配させやがるぜ。水瀬が泣きながら総司を抱きしめてたのを見たときは胆が冷えたぜ。」


「え?」


まことがそんな風に?


「いやぁ、水瀬のあの取り乱し方見りゃあ、水瀬も総司に惚れてんのが一目瞭然だろ?甲斐甲斐しく世話してるし、よかったな。熱いねぇ~。」


「なっ…!!」


佐之さんは完全に勘違いしてるんだ。

まことは土方さんのことが好きなのにな。

でも自分のことをそんなふうに想っていてくれたならそれはこの上なくうれしい…


「まったく何の騒ぎだよ、うるせぇぞ。総司大丈夫か?」


ふすまが開くと土方さんが部屋に入ってきた。


「ああ、土方さん、水瀬も総司に惚れてるって話ですよ。あの水瀬の様子見ればそう思うでしょって話。」

「…そうか。よかったな、総司。」


土方さんは穏やかに口元を緩ませて言った。


「ああ、佐之、その水瀬が飯なのにおめえが居ねえって探してたぜ。」

「マジかよ。飯飯~。」


佐之さんはあわただしく部屋を飛び出して行った。

後には沈黙。


「…土方さん。佐之さんは…何か勘違いをしてるんです。」


私は何を言おうとしているんだ。


「…何がだ?」

「土方さん、まことのこと…本当は…「総司」」


私をさえぎって土方さんが不敵に、意地悪そうに言った。


「俺が九つも年若のあんなガキに本気で惚れるわきゃねえだろ。俺は使えるもんは使うだけだ。」


知ってた…?

土方さんは気付いていたんだ。

まことの想いに。

それでも、まことのあの度胸や演技力、腕っぷしの強さは新撰組にとって利用できると踏んだから、だからそれを利用した?


「…土方さん!」

「なんだ?」

「まことはここにしか居場所がないんです。まことの気持ちを利用しないでください!」

「…俺にとってのすべては新撰組だ。そのためになら利用できるものは何でも利用するし、鬼になることも構わねえ。今さらだろ。」

「でも…」


まことはあなたのことが本気で好きなんです。

貴方をみるまことをみれば一目瞭然ですよ。

それに、まことが居なくなってからのあなたをみれば…あなたがどれほどまことを想っているかわかりましたよ。

なのに、貴方は受け入れることはないんですね。

決して一人の男として彼女の想いに向き合うことはしないのですね。

どこまで行っても、貴方は新撰組の鬼の副長、土方歳三なのですね。

だったら私がもらいます。

私がまことを女子として幸せにします。


闇はその帳をおろし、灯りのない部屋には互いの顔も見えないほど頼りなかった。

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