第一章 6.副長室にて:土方歳三
外は春の嵐が桜を散らしている。
時折光とやや遅れて雷の轟音がまだ聞こえてくる。
灯りがそろそろ切れるので持ってこさせようかと考えていたところに、ふすまがいきなり開いた。
自分に対してこんな無礼な人間は一人しかいない。
「総司、戸をあける前には、一言声をかけろっていつもいってんだろ。」
「申し訳ありません、以後気をつけます。
ところでですね、妙な拾いものをしたんです。」
いつも通り小言を言うと、さも気にしていないように総司はさらりと流して、好奇心で話したくてたまらないといった様子で話し出した。
「総司、おめえはまたわけわかんねえもんを拾ってきやがったのか!」
「嫌だなあ、物じゃなくて人ですよ。」
「もっと悪いだろ!そういう問題か!
でどんな奴なんだ。
名前は?年は?出自は?」
「さあ、まだ聞いてないのでわかりません。」
「おめえは馬鹿か!そんな怪しい奴屯所に入れんじゃねえ!!!」
俺はため息をついて思わず頭を抱えた。
沖田総司という男はなんともつかみどころのない奴で物事を深く考えない。
のほほんとしてうすらボケっとしているが、刀を持たせれば人が変ったように強くなる浪士組でも1,2を争う剣豪であるのだが。
浅黒い顔に白い歯をみせてにこにこわらっている普段の姿を見ていただけではとても想像できない。
もうかれこれ10年の付き合いになるが、話しているとかならず奴の調子に巻き込まれ、どっと疲れる。
「まあまあ、そんなに怒んないでくださいよ。
さっき近くに雷が落ちたでしょう。
わたしはその時ちょうど巡察の帰りだったので壬生寺へ様子を見に行ったんです。
そしたら桜の木の下に人が倒れてたんですよ。
花びらが雨に打たれてドンドン散っててその下に倒れてるんで、なんだか妙に雅でしたね。
近くに寄ってみると、まだ年若い少年なんですよ。
着物がすこし煤けていたんで雷に打たれたみたいで。
体も冷え切っていたので、最初は死んでると思ったんですが、息をしていたので揺さぶって起したんですよ。
そしたら様子がおかしいんです。
家はこの近所だと言うので送って行くとそこにはなんにもありゃしない。
こんなところ知らないと泣きだしてしまいましてね、とにかくこの雨だし放ってもおけないので連れて帰ってきたんです。」
なるほど、妙なやつだ。
夜の壬生寺なんぞ不逞浪士たちがうようよ闊歩している。
そんな中に子供一人がいるなんて、一体どういうことだ?
しかも家があると言っといてそこには家がない。
長州の奴がここに忍び込むための作戦か?
それにしちゃあ、危険が大きすぎる。
第一総司が通りかかるのなんて偶然にすぎん。
「なるほどな。
で、そのガキはいまどうしてんだ?」
「私の着物を出してやって、とりあえず待たせてあります。」
「会いますか?」
「ああ、言っとくがな、総司、怪しいと思ったら「わかってますよ」」
「斬ります。あの子が敵ならね。」
総司は俺をさえぎって、ぞくりと底冷えのするような不敵な笑みを浮かべた。
これだからこいつは侮れねえ。
昼行燈みたいにのらりくらりしながら一瞬にして冴え凍る月に変わる。
「ふん、わかってんじゃねえか。」
おれたちの敵なら容赦はしない。
たとえそれがガキでもだ。
俺たちはこれから先へ行かなきゃいけねえんだ。
そのためなら何だってしてやるぜ。
総司の部屋の前にくると、総司が声をかける。
「入りますよ。」
「…」
返事がない。
まさか逃げたか…?
ふすまを開けると部屋の隅のほうにうずくまっている人間が見えた。
膝を抱えてじっと動かない。
なるほど、総司の言うようにまだガキだ。
年の頃は15、6か?
ゆっくり近寄ってみると
…そいつは呑気にも寝ていた…
頬には涙の跡が見え、目が腫れている。
髪をかきあげると、整った顔が顕になる。
まるで女のような線の細さで、その寝顔はまだあどけなくて、額や口元に幼さを残していた。
泣き疲れて寝ちまったのか。
近づいても起きねえのはホントに鈍いからか、ふりなのか。
「おやおや、泣き疲れて寝てしまったみたいですね。かわいい顔して。」
総司が困ったような笑顔を見せて布団を敷き始めた。
「いろいろ聞くのは明日ですねえ。副長?」
総司がそいつを布団に寝かせながらからかうように言った。
まるで父親かとしの離れた兄が弟を寝かしつけるような優しい仕草だった。
「ふん、今たたき起こして泣かれても面倒だしな。」
明日、こいつに洗いざらいはかせてやろう。
俺は総司の部屋を後にした。
外を見やると雨はもう上がっていて、雲間から朔の月が顔をのぞかせていた。