第七章 5.再会、ゆらぎ:土方歳三
「土方さん、局長室に来てくれよ。水瀬が帰ってきたんだぜ!!」
佐之助がそう言うのを聞いた瞬間俺は自分の耳を疑った。
そんな…まさか!
水瀬が本当に…。
俺は動悸が早くなり心臓が早鐘のように脈打つのを感じながら、局長室までのほんの僅かな距離さえももどかしく、足早に局長室へと駆け込んだ。
局長室に入るなり俺は瞠目した。
水瀬…!
生きていた。
水瀬は何故か坊主の墨染の法衣を身に纏い、幹部や勝ちゃんに囲まれ、輝くような笑顔を笑っていた。
少し痩せてそこかしこに擦り傷もあるものの元気そうだ。
もともと華奢な体だか、頬の辺りが少し細くなったように見える。
髪は下ろしてあって、以前よりも伸び、肩を越す辺りまでになっていた。
凛とした真っ直ぐな眼差しはさらにその光を強め、輝きを増したように思うのは俺の錯覚なのだろうか。
「水瀬おかえり!」
「よく生きてたなあ。」
「遊女になった武勇伝聞かせてくれよな。」
「水瀬君、よく戻ってくれたな。本当に良かった!」
水瀬は皆にもみくちゃにされて笑っていた。
水瀬!
俺は目を伏せる。
もう会えないと思っていた。
でも会いたかった。
ただ会いたかった。
この胸の奥底から込み上げてくる切なくて狂おしいほどの気持ちをなんと呼べばよいのか俺は知らない。
俺の胸に鈍痛が走る。
…生きていた
ただそれだけでこんなにも俺は笑える。
「ほら土方君も何か言ってやりなさい。」
山南さんが小声で俺の耳元で囁いた。
言えるかよ、そんなこと。
俺はこいつに無理ばかりを強いて来た。
そんな俺がどんな言葉をかけられるのだろう。
俺は水瀬に近づく。
水瀬は俺を見てはっと息を飲み、向き直った。
もう二度とこんな目に合わせないように守りたい。
そんな風に思った。
「…土方副長、只今帰りました。ご迷惑とご心配おかけして申し訳ありません。」
水瀬は目をふせ、頭を下げた。
その拍子に伸びた髪がさらりと肩から落ち、白いうなじがあらわになる。
女を知らないガキみたいに心臓がはねるのがいら立つ。
畜生、俺はどうかしている。
「…いや、よく戻ってきた。あとで報告を聞く。」
俺はそれだけ言うと背を向けて局長室をでた。
これ以上ここにいられない。
きっと何かが溢れてしまうから。
「土方さん!?」
「それだけかよ!もっと言うことあるだろ?」
皆の非難の声が聞こえたが俺は足早に自室に戻った。
一人になったとたん視界が揺らぎ、視線の先の畳がぼやけていくのが分かる。
なぜだ?なぜ俺は泣いているんだ?
総司に女一人に揺らぐななんて言ったのはいつのことだ?
俺はあいつが生きている、ただそれだけでこんなにも心が暖かくなっていく。
あいつの笑顔が、声が…俺を人足らしめる。
あいつは俺の心の半分を持っているんじゃねえかと馬鹿げた錯覚をした。
俺はこんな夢見がちな男じゃねえはずなのにな。
お琴に遠い昔甘い感情を抱いたことがある。
ただあのときは全てが柔らかく、優しいものだった。
なのにこの気持ちはなんだ?
激しく心を揺さぶる憧憬。
心の奥底からこみ上げる懐かしさと切なさの入り交じったこの狂おしいほどの想いは何だ?
「トシ、素直じゃないな。」
振り向かなくてもわかる。
勝ちゃんが俺を気にして追いかけてきたのだ。
「勝ちゃん、なんだよ。俺の悪口でも言っててくれればいいのによ。」
「トシ、水瀬君が行方不明になって夜も眠れぬほど心配したのも、帰ってきて死ぬほど嬉しいのも…惚れてるからだろう?素直じゃ無いな。まったく。」
何言いやがる。
この人は普段は鈍いくせに俺のこととなると妙に深読みをして勘ぐる癖がある。
俺が水瀬に感じているのは…愛だとか、恋だとかそんなことじゃないんだ。
「バカいってんじゃねぇよ。あんな九つも年若のガキに惚れるわきゃねえだろ。
ただ、俺を助けるためにあいつは自分を犠牲にしようとした、そいつが帰ってきたんだ、いくら鬼の俺でも動揺くらいするだろう?」
「…総司の為に忍ぶのか。」
「ちげえつってんだろ。くだらねえこと言ってんじゃねえよ。」
俺はいら立って勝ちゃんを睨んだ。
「そうか…ならば、土方歳三、おまえは上司として、武士としてきちんと向き合え。
あんな言い方があるか。むやみやたらに嫌われ役に徹すればいいってもんじゃねえんだぞ。」
勝ちゃんは俺の肩をたたき、局長としての顔で言った。
「…!」
確かにその通りだ。
俺は何者だ?と問われれば武士だと答える。
ならば、そう思うのなら、きちんと水瀬に上司として言うのだ。
任務を遂行した水瀬をきちんとねぎらうべきなのだ。
俺は武士として生きる。
だからこの揺らぎを受け止めて見せる。