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虹に届くまで  作者: 爽風
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第六章 4.貴方の志、わたしのすべきこと

「その女に指一本でも触ってみろ!!ぶち殺す!」


暗闇でも、目をつぶっていてもわかる。

そのかすれた低い声は…


…土方さんだった。


「土方さん…」


なんで、ここにいるの?


あたしは暗闇を凝視する。

月明かりが土方さんのその端正な顔立ちを浮き上がらせる。

目だけがぎらぎらと強烈な光を放ちながら。

土方さんは吉田の首筋に刀を当てて言った。


「汚ねえ手でそいつに触んな。離れろ!」


その声は聞いたこともないくらい低くて冷たい声で…

あたしはこんな状況なのに恐怖ではなく、

喜びで泣きそうになった。


ああ、あたし、こんな状況なのに…

死ぬほどうれしい。

不謹慎でごめんなさい。

”その女に指一本でも触ってみろ”

土方さん、あたしはその言葉だけで、十分なんです。





「ふふふ、新撰組の副長殿のお出ましとは、光栄だ。

華雪はいい仲間に恵まれてるねえ、

でも…その甘さが仇になるよ。」

吉田の目に一瞬強い光が走り、

次の瞬間

吉田はあたしの身体を思い切り橋の外へと押した。

あたしは自分の体が宙に浮いた。

視界が反転する。

背中に触れていた橋の欄干の感覚がない。


突き落とされた!!


あたしは腕を伸ばし、橋げたをつかもうとしたけれど、その左手は宙をつかむだけだった。

すべてがスローモーションに見える。


「水瀬!!」


その瞬間

固い節くれだった手があたしをつかんだ。

土方さんは左手で、あたしの左手の手首を力強く握る。


「甘いねえ。副長殿は。僕ならきっと何をおいても志を優先する。仲良しごっこがしたいわけじゃないからね。

君たち新撰組の志はその程度さ。」

「てめえに説教されるいわれはねえ。」

「ふふ、じゃあ、試そうか。」


吉田は刀を振り上げる。

ガキン!

土方さんはその刀を受け、不敵に笑った。

「てめえなんざ、腕一本で十分だ。」

「言うねえ。」


吉田は容赦なく土方さんを斬りつける。


ダメだ。

いくら土方さんが強くてもこんな身動きが取れない状態で闘うなんて…!


「土方さん!手を離してください!」

「うるせえ!ぜってえ離さねえから黙ってろ。」

「土方さん!!もういいですからっ!離して!!」


あたしは声の限りに叫ぶけれど土方さんは決して離そうとしない。


橋の上では刀同士のぶつかる音が響いている。


あたしのするべきことは?

どうすればいいの?

こんなところで土方さんを死なせるわけにはいかないのに。


あたしの右腕からは先ほど受けた傷からとめどなく血が伝って指先に向かうのを感じる。

血をぬぐうために腰のあたりに手をやると

冷たい金属の感覚。

シャラン

と小さな音が耳に届いた。

斎藤さんにもらった簪

帯に挿したままだったんだ。


そうか…

こうするべきだったんだ。



あたしは、裾をたくし上げるために使っていた帯に

急いで右手に伝う血で文字を書く。

せめてこれだけは知らせないと。

「マスヤ、フルタカ、カヤク」

そう書くと蝶々結びの帯を解き、あたしの左手をつかむ土方さんの腕に、斬られてそろそろ限界の右手でぐるぐるとその帯を巻きつけた。

浴衣のすそがすとんと落ち足元ではためいているのを感じる。


これでいい。

後はきっと山崎さんあたりがきっと何とかしてくれる。



「土方さん、ごめんなさい!」


あたしは浴衣の帯から簪を引き抜くと

簪の柄をあたしの手首をつかんでいる土方さんの左腕につき刺した。

シャラン

簪の飾りたてる涼やかな音が妙に耳に響く。

ああ、やっぱり斎藤さんの御守りは強力だ。

あたしの為すべきことを思い出させたもの。

そして、土方さんを守ってくれた。


「うっ!」


土方さんの手の力が一瞬緩んだ、

その瞬間

あたしは左腕を思い切り引いた。


増水した川面を走る水音が耳元に迫り、橋と土方さんと吉田の影が小さくなっていく。

まるで、コマ送りみたいに。


「水瀬っ!!!」


土方さんの怒鳴り声が聞こえたその刹那

背中に叩きつけられたような衝撃が走り、次の瞬間には体中を冷たさが覆い、あたしは洗濯物みたいに濁流にのまれていった。


土方さん、あたしあなたが大好きでした。

あなたが助けに来てくれたこと

「指一本でも触ってみろ」そんな言葉が

死ぬほどうれしくて…幸福で…。

それだけであたしはこんなにも笑って逝けます。

だから貴方の志をどうか、どうか、全うしてください。


ガツン


頭に強い衝撃が走ったのを最後に

あたしの意識は闇の中に飲み込まれた。


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