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虹に届くまで  作者: 爽風
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第六章 3.人を斬る、生き残るために

あたしは五条大橋まで走ったところで追い付かれてしまった。

やはりいくら鍛えていても、男と女では体力が違う。もうこれ以上は逃げ切れない!

あたしは橋の欄干を背にして追っ手を迎え撃つことにした。


敵は吉田を含めて4人。


追っ手Aがあたしに斬りかかる。


「死ねぇ!!」


ガキャ


あたしは咄嗟に脇差しを抜いてAの剣を受け流し、右の肩口を斬りつける。

狙うは肩口、利き手、足。

それらを傷つければ相手は戦えなくなる。


その返しで追っ手Bの脚を切った。

人の肉を斬り裂く感覚が手に生々しく残る。

吐きそうになりながらあたしは攻撃を防いだ。


でもあたしには進むしか道がない。

生き残るために。

負けられない!

だからあたしは刀を持つ。


追っ手Cは力任せに刀を振り下ろす。

あたしはそれを転がりながら避け、思い切り空いた胴に向かって斬り込む。


ザク


この気持ち悪い感覚は何?

鉄錆の血の匂いに喉まで吐き気がこみ上げてくる。

手の中の脇差は血に濡れて赤々と月明かりに鈍く光る。

総司に鍛えてもらったから、真剣も難なく扱えた。


でも、あたしは初めて、人を斬ったんだ。


はあ、はあ。

暑い。

息苦しい。

血のにおいと、汗と…

気持悪。



吉田は余裕を見せながら遠巻きに見ている。


あの時と一緒じゃん。

あたしは既視感に襲われた。

斬りかかってくる男。

冷たい笑顔の吉田。


ただあのときは総司が居てくれたけど、今はいない。あたししかいないんだ。


「あのときよりは動けるんだね、華雪。

なかなかいい太刀筋だねえ。」


吉田は腹立たしいくらい余裕の笑みを浮かべている。

あのときから総司に真剣の扱いを教えてもらってはいた。

でも実際に使うのは初めて。脇差しだから木刀や竹刀よりは軽いし使いやすい。短いから相手の間合いに入らなければ行けないのがキツイところだけど。


「僕がお相手しようか」


吉田は徐に刀を抜いて静かに上段に構えた。その構えは一分の隙もない。

不適な笑みは底冷えするような恐ろしさを湛えていてあたしは夏なのに全身が総毛立つのを感じた。

月が刀を青白く浮かび上がらせる。


この人強い。


そう思った刹那、吉田は信じられない速さであたしの肩に斬りこんできた。

あたしはそれをかろうじて受け流し、その隙に突きを狙うのだけれど、難なく跳ね返され、あたしは一旦飛び退って間合いをとった。


ダメだ。

目で追うな!

空気を感じろ!!


(落ち着くんだよ、まこと、深呼吸だ)

(水瀬、お前は自分を信じて進みゃいいんだ)

(真剣に怯えているうちは刀を持つ資格はない、向き合え、水瀬。)

(水瀬君、君は私が信じた子だよ。)

あたまに浮かぶのは総司や土方さん、斎藤さん、近藤先生のことば。

みんなの笑顔。

もう一度、会うんだ。

みんなに。

負けられない!


ヒュ!


風を切る音がしてあたしの左腕スレスレを吉田の剣が掠める。

その返しを受け損ね、右腕に痛みを感じた。

傷口から生温かい血が伝い、刀を持つ手を滑らせる。

傷口に汗が染みてヒリヒリ痛む。

殺されるのは時間の問題なのかもしれない。でも退くことは出来ない。

進め!!


あたしは吉田の首元を狙って剣を突き立てる。

不意に吉田は空気を凍らせるような笑みを浮かべ…


ガキン!


吉田はあたしの脇差しを手から跳ね返した。

右手が血で滑って、力が入らなかったのだ。

吉田はあたしの首に剣先を突き付け、にやりと笑った。


ドクン、ドクン…

心臓の音が妙に大きく聞こえる。

万事休す。

もはやここまでか。


「ダメだねえ、利き手を傷つけさせちゃ。

太刀筋はほめてあげるよ。でも終わりだね。

なかなか骨のある子だから、桂先生も君のこと買ってたんだよ。

でも残念だねえ。

さようなら、華雪。」


吉田は剣先を一瞬引きあたしを貫こうとした。

あたしは目を閉じる。


ああ、終わったんだ。

これで。

あたし結局ダメダメじゃん。

精一杯やったけど…。

でも死ぬんだ。

これで。




「その女から手を離せ!!」

誰かの声が暗闇を引き裂いてあたしの耳に届いた。

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