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虹に届くまで  作者: 爽風
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第六章 1.桂邸潜入

桂小五郎に身請けされ、桂邸に移ってきて3日。

あたしは桂小五郎の身の回りの世話をしながら何事もなく過ごしている。


毎日何か書き物をしている桂に、お茶を出したりしながら、日本と外国の違いなんかを楽しそうに語る桂小五郎の話を聞いたりしていた。

あたしは不自然ではない程度に、未来ではきっとこんな風になる、と相槌を打っていたのだけれど、ずっと押さえていた元の時代への懐かしい想いが、桂小五郎には素直に話せて…

予想以上に、あたしは桂との話を楽しんでいた。

それが新撰組への裏切りに思えてなんだか後ろめたい。


桂の日本の将来を語るその様子は武士になる夢を語り、幕府への想いを馳せる近藤先生に似ていた。

男の人は自分の志を語るとき、こんなにも純粋に目を輝かせるんだ。

それは土方さん然り、総司然りなのだけれど。

幕府と天皇。

佐幕と攘夷。

鎖国と開国

決して相容れない二つの考え方なのだけれど、

その志のもと走っていく男たちは同じように目を輝かせて、その夢を語る。

きっとどちらが正しいなんて言えない。

ただ、歴史がどちらかを選ぶというだけなのだろう。

けれどどんな結果になっても、この人たちはきっと自分の選択に誇りを持って、自分の信じたもののために死んで行くのだろうと思う。

そして「武士だから」という言葉で納得させられてしまうのだ。



雲が流れている。

季節はもう初夏に移り変わっていて、時折耳元を掠める風が爽やかで、空は抜けるように青い。



あたしここに来てから波瀾万丈な人生送ってるよなあ。

雷でタイムトリップして

新撰組に身をおき、

遊女としてスパイ活動をして、

挙げ句の果てに敵方の桂小五郎んとこに潜入するなんて、

スリルとサスペンス満載、おまけに死の危険のおまけ付き。

もう一生分味わい尽くしたわよ。






桂にお茶を持って行くと、一口口をつけておもむろに口を開いた。

桂小五郎は彫の深い顔をしていて、きりっとした眉や通った鼻筋はなかなかの男前と評されているらしい。あたしはあまりタイプじゃないけど。


「華雪、身請けの話受けてくれて嬉しいよ」

「桂先生、なんでなんですか?」


あたしは思い切って聞いてみた。


「何がだい?」

「だってあたしたちはこないだ初めて会ったんですよ?なのに何で…」


これで喋るとは思わない。

でも糸口が掴めれば…

この人は何を企んでる?

あたしのことをどこまで信用しているのか。


「ふふふ、疑り深いねぇ、華雪は。だったらどうして身請けを了承したのかな?」

「先生の話はご立派だと思いましたし、あたしは遊女には向いていないと思ったので、島原から出られるなら正直誰でもいいって思ったからです。」


このできすぎた身請け話を受ける理由としては一番無難だろう。

「ははは、正直ものだね。

…華雪は私に惚れているかい?」

「は?いえ、あの、ご立派な方とは思いますが…先生のおっしゃる惚れるというのとは違うかと。」


あたしは桂の意図が掴めなくて目を白黒させた。

初対面のおじさん(失礼)をどうやって好きになるって言うんだろう?

何が言いたいの?


「華雪は正直だ、だから私は華雪がほしいと思ったのさ。」

「それはどういう…?」

「君とは惚れた腫れたとかいう甘い感情のやり取りをしなくてすむと思ったからさ。

そんなものは今の私には邪魔でしか無いからね。

だから君とは同士として共に往くことが出来る、そう思ったんだ。

それに…君には誰か想う人がいるだろう?」

「…!」


なんで、土方さんのこと華香太夫が言ったんだろうか?


「華雪は本当に分かりやすいねぇ。そんなところも大好きだ。おかみに聞いたよ。町方の商家の息子が華雪に入れあげてるって。その簪もその彼からもらったのかい?」


あたしってばバカ。

想う人って言われて即座に土方さんが思い浮かぶなんて。

よく考えれば、土方さんなんて一度気まぐれにふらっと来ただけのお客さんなんだから、おかみさんが覚えてるかどうかもわかんないのに。

にしても山崎さんのサポートの賜物だ。

いつもお守りがわりに着けている斎藤さんの簪のこともそんな風に解釈してくれたら儲けものだし。


「そんなんじゃないです。仙吉さんは…確かに良くしてくれますけど、あの人では、いくら下っ端でも遊女を身請けしたり出来ないでしょう?」


身請けには莫大なお金がかかる。あたしはまだ入ったばっかりの下っぱだから太夫に比べれば全然だけれどそれでもほいほいできるようなものではない。


「ふふふ、華雪はなかなか現実的だ。華雪くらいの年なら恋だの愛だの騒ぎたいんじゃないのかい?」


なんで恋愛ごとになるとこの人は女を見下したようになるんだろう?

日本の将来について語っているときはあんなにさわやかで素敵なのに。


「恋ってしようと思ってするものじゃないでしょう。気づいたら目で追ってる。

気づいたらその人の事ばかり考えてる。

自然といつの間にか、堕ちるようなものだと思います。」


そう、恋はするもんじゃない、堕ちるものだと思う。

自分ではとてもコントロールできない。

感情のすべてがその想いに左右されてしまって…

まさに狂気。

でもその人を想う時、苦しいのに至福なのだ。


「恋なんて一時の熱病みたいなもんだろう?喉元を過ぎればなんとやらってね。」

「確かに恋って狂気みたいだって思います。でもその人にとっての本気の想いを否定することなんて誰にも出来ないと思います。みんながそれぞれ自分の想いに一生懸命なんだと思うし。」

「なるほどね。華雪はさしずめ片恋でもしているのかな?」

「そんなんじゃないです!あくまで一般論としてです。」


なんだかのらりくらりとはぐらかされてる気がする。

この人つかめない。


「いい目をするねぇ。挑戦的で凛としていて、何物も侵せない、そんなまっすぐな目だ。

でもそんな目をあまりそこかしこでしてはいけないよ。

華雪は自分が人にどう映っているか考えたことがあるかい?」

「え?」


そんなのはいつも考えていた。

それこそ嫌になるくらい。

ここに来てからあたしはみんなに嫌われたくなくて、

居場所が欲しくてずっと踠いていた。

人からどう見られるのか、あたしはすごく気にして生きてきたと思う。

なのにそんなことを言われるなんて、

あたしは自分をわかってなさすぎなんだろうか?


「ふふふ、そんなに難しい顔をしなくてもいいよ。華雪は女性としての自分の魅力を分かっていないと言いたかっただけだからね。」

「は?」


散々色気がないだの、貧乳だの言われ、挙句の果てには男に間違われてたあたしに女の魅力??


「やはりわかっていないね。

私は嫉妬してしまうのだよ。

華雪は美しさもさることながら、内面から出る凛としたたたずまいや芯の強さに男たちは憧憬を掻き立てられるのだよ。」


何言ってんの?

なんかわざとらしいというか、白々しいというか、バカバカしくてやってらんないわ。

何を狙ってるんだ、この人?

キザというか寒々しいわ。


「お褒めのお言葉は嬉しいですけど、社交辞令も過ぎたるは及ばざるが如しですよ。」

「そんな疑うような顔をするのはやめなさい。

男の褒め言葉は素直に受け取るものだよ。

女子は褒められるほどに奇麗になるからね。」

「ぶっ」


あたしは失礼ながら噴き出してしまった。

あまりにもキザ過ぎて…

なんか化粧品のCMにありそうだし。


「心外だなあ。私は本気だよ?華雪。この状況で噴き出されたのは初めてだよ。」


桂は眉根を寄せて憮然とした表情であたしを睨んでいるけど、目は笑い出しそうに輝いていた。どうやら揶揄って遊んでいるみたいだ。

意外に茶目っ気のある人なのかもしれない。

桂小五郎の素の顔に見えてなんだかおかしかった。



敵陣の真っただ中にいるのにどこか呑気で現実感がなかったのだけれど、あたしはこの後起こる出来事に、この状況の危険さを身をもって痛感することになる。


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