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虹に届くまで  作者: 爽風
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第五章 11.信じて待つ:土方歳三

「副長、山崎です。」

その場の沈黙を破るように山崎が定例の報告に来た。

「はいれ。」


ふすまが音もなく開くと大工道具を抱えた山崎が一瞬目を見開いた。


「沖田さんもいはったんか。」


まったく総司の奴。

総司が勝ちゃんは別にしてこんな風に一人の人間に固執するのは珍しい。

惚れたか。

こいつの女嫌いには勝ちゃんも、山南さんも心配していたものだが、まさか総司が女に惚れるとは思わなかった。

だが水瀬だと思えばそれも納得だ。


「総司、ぐちゃぐちゃ悩むだけなら他所行ってやれ。」


俺は殊更そっけなく言った。


「…。私にも聞かせてください。」


総司は唇をかみしめてうつむいている。


「だったらしゃきっとしろ。」


「副長、長州に動きが見られました。」

「「!」」


きたか。


「水瀬が桂小五郎と吉田稔麿に接触しました。

何かやっぱりたくらんどるらしいですわ。まだ具体的なことはわからんらしいですが…

それと…桂が水瀬を身請けするゆうたらしいですわ。」


桂に吉田か…。どちらも要注意人物じゃねえか。

やつら何をたくらんでいやがる?!

それよりも身請けだと!?

あいつ、どうしようってんだ?


「なっ…!!」


総司は切れ長の目を見開いている。


「それは…桂は水瀬を…ってことか。」


俺はふつふつ湧いてくる怒りを爪を手の皮膚に食い込ませてどうにかやり過ごした。

自分に対して歯ぎしりしたい気分だ。

かつてこんなに自分に腹が立ったことはない。

こんな状況に追い込んだのは俺のせいだ。

新撰組副長としての俺のこの判断は確かに成功していると思う。

だが、一人の男としては、女一人にこんな犠牲を強いている自分に吐き気すら覚える。


「たぶん…そういうことかと…

水瀬はそのことについては何もいっとらんかったですが。

ただ、罠かもしれんけど探りに行ってみたいゆうてました。」

「危険です!やめさせてください。山崎さん!」


総司はこぶしで畳を叩き、悲鳴みたいな声を上げる。


「もし…敵として対峙しなければいけなくなったら…その時は裏切り者として斬ってくれと。水瀬はそう言っとりました。」

「!!」


俺の脳裏に水瀬の泣き笑いみたいな笑顔が一瞬浮かんだ。

そうだった。

あいつは何があっても無理して笑えるような強い女だ。

あのときだって、

本当は嫌だったはずだ。

怖かったに違いない。

でもあいつは最後には笑って俺を送りだした。

だから、俺は信じて待つ。

必ず。


まったく

なんて女だ。

只者じゃねえと思っていたが、水瀬、やっぱりお前はただ守られているだけの女じゃねえんだな。

俺は新撰組を背負うものとしてお前を送りだした。

幕府のためになんて言わねえ。

俺は勝ちゃんと新撰組のために。

この選択をした。

この選択を一人の男としては死ぬほど後悔していたが、そんな後悔を抱くことすらお前を侮ったことになるのかもな。

情けねえ。

腹据えて、おめえの働きを見守ってるからよ。



「…やっぱりあいつは、ただの女じゃねえな。

俺らのほうがうじうじ情けないぜ。あいつはよっぽど胆が据わってるぜ。心臓に毛が生えてるどころじゃねえな。」

「まったくです。

はじめはあんな色気のない女大丈夫かと思いましたけどね、着飾ればなかなかどうしていっぱしの遊女になりきってますよ。」


山崎は水瀬のことを思い浮かべたのか面白そうに言った。

山崎もあいつのことを認めているんだな。


「ただ、あいつは男っちゅうもんを分かっとらんのが心配ですわ。男の目に自分がどう映っているのかを全く分かっとらん。

まったく己がどういうふうに他人の目に映るかを知ることも俺は重要やと思いますけどね、まだまだですわ。」

山崎は少し眉をひそめ、嘆息するとぽつりとつぶやいた。


まったくだぜ。

確かに、女子の着物を着て遊女の化粧をした水瀬は俺たちが見なれたいつもの水瀬ではなかった。

たおやかで、凛として美しく、それでいて何とも言えない色気を備えた白百合のようで、惹きつけられずにはいられないだろう。

不意にあの夜の水瀬が思い出された。

着物ごしでも伝わる細く華奢な体。

化粧のせいばかりではなく、内側から真珠みたいに輝くような白い肌。

あの夜、顔を真っ赤にして、目を潤ませて俺を見上げた

あいつは桂にもそんな姿を見せたのだろうか?

ほかの男にも?

冗談じゃねえぞ。

そう思うとふつふつと胸の奥底が沸き立つのを感じ、そんな自分に呆れた。


なんだ?

この気持ちは?

まるで恋を覚えたばかりのガキの嫉妬みてえじゃねえか。

恋?嫉妬?

ばからしい。

九つも年若の女に心を乱されてんじゃねえよ。

お琴と決別してから、俺は武士の道、修羅の道を往くと決めた。

だからそんな気持ちは捨てたんだ。


それに…総司は水瀬に惚れている。

今まで、女を遠ざけることしかしてこなかった総司がまともに惚れたんだ。

十年間総司を弟みたいに見てきた俺の努めは、あいつの恋が成就するように見守ってやることだけだろう。


じっと黙って下を向いている総司に俺は試衛館にいた時のような調子で言った。


「なあ、総司。おめえの惚れた女はこういう女だ。

意地っ張りで、強情で度胸も潔さも一筋縄じゃいかねえ。

男はどっしり腰据えて待つしかねえだろ。」


俺は煙草の煙の向こうの総司に目をやった。


「そんなんじゃないです!私は武士です。

だからその時が来たら…斬りますよ。誰だろうと。」


総司は顔を真っ赤にして俺に噛みつくように言った。


「ふん、そいつぁ頼もしいな。」


こいつも意地っ張りなガキだからな。

いつまでもフワフワしたガキだと思っていたら、こいつが恋なんかするようになったのか。

勝ちゃんは知っているだろうか。

どんな顔するだろうな。

知らねえ間に恋なんかするようになったんだな。

うれしいようなさみしい気持ちが生まれる。

この気持ちは子供を巣立ちを見守る親の気分なのか、どうなのか、俺には測りかねた。

ふと外に目をやると春の月が煌々と輝いている。

この月をあいつも見ているだろうか。

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