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虹に届くまで  作者: 爽風
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第五章 10.揺らぎ、君のいない日々:沖田総司

屯所の桜が満開に近づいている。まことに逢ったのはこんな桜の季節だった。

もう一年がたったんだ。

今まことは病気で江戸にいるらしい。突然二ヶ月くらいまえに元気だったのに、病気が見つかったから江戸で療養することになったのだ。突然病気なんて、大丈夫なんだろうか?

まことのいない毎日は張り合いがなくて、無色彩に感じてしまう。


「なんだよ、総司、ぼんやりして。最近元気ねぇな。」


縁側でお菓子をつまみながらぼんやりしていると佐之さんと永倉さんに声をかけられる。


「そんなことないですよ」


私は曖昧に笑ってひねり菓子を口に放りこむ。

「水瀬か?」


永倉さんが言った一言に思わず菓子を喉につまらせ咳き込む。


「ゴホッゴホ!なんですか、藪から棒に。」

「分かりやすいな、お前。」

永倉さんはニヤリと笑う。

「わかってるぜ、お前が水瀬を好いてることくれえ。」

「!」

「な、そうなのかよ、総司!ぱっつぁんなんでしってんだよ。」

「佐之は鈍すぎだぜ。女嫌いの総司があんなに水瀬と仲良く一緒にいて笑ってんだぜ。恋してるに決まってんだろ。」

「そんなんじゃないですよ。」


わたしは努めて冷静を装って言った。


「水瀬、早く帰ってくるといいな。もう二ヶ月だろ療養ってどこなんだよ?」

佐之さんはどっかりと腰をおろしながら言う。


「江戸だろ、近藤先生の知りあいんとこらしいぜ。」

永倉さんは無精ひげをいじりながら言った。


「そうだよなあ、そのはずなのに水瀬に似た奴見たんだぜ。こないだ島原で。」

佐之さんはのんびりと鼻くそをほじりながら言ったが、私は正直冷静でいられなかった。


「はあ?なんであいつが島原にいんだよ。また佐之はいい加減なこと言って。」

「だから似た奴だって。なんかすっげー美人な女だなあって思ってたんだけどよ、どことなく雰囲気がにてんだよ、水瀬に。」

「あいつが島原?やめろやめろ、似合わねぇ。あんな色気の欠片もねえやつがなあ。」


永倉さんは面白そうに笑った。


「やっぱりぱっつぁんもそう思うか。

顔はいいのに、腕っぷしは並みの男以上ってのがおもしれえよな。女だって聞いても、まだ男にしか見えねえっていうか。」

「ちげえねぇ、あははは。まあ、並みの女じゃねえのは事実だろ。芹沢さんに啖呵切ったり、髪を斬って見せたり全く見ててひやひやだぜ。」


佐之さんと永倉さんは大口を開けて笑っている。

この人たちの能天気なくらいな明るさを目の当たりにすると、こちらまでクスリと笑ってしまう。


にしても…

まことに似た女。

会ってみたいな。


「佐之さん。」

「ん?なんだ総司。」

「その…まことに似た人ってどこで見たんですか?」

「ん~どこだったかなあ。何つー置屋だったかな…

ってなんでそんなこと知りてえんだ?」

「っと…それは…」

「野暮だなあ、佐之、そんなのその女抱いて水瀬がいないさみしさ紛らわせるために決まってんだろ。うれしいねえ、総司が女嫌いを克服して。」


永倉さんはにやにや笑いながら私の肩に手を回す。


「っ!違いますよ!ちょっと好奇心から見てみたいと思っただけで、そんな…抱くなんて…!」

「別に遊女なんだから構わねえだろ?」


佐之さんは何が問題だ?とでも言うように眉根を寄せた。


「そういう問題じゃないでしょう!」


まったくこの人たちは…。

自分が色恋に奥手なことは重々承知している。

女子が苦手で…理解が出来ない。

それは今も変わらなくて…

まして遊女なんて私が最も苦手な人たちだ。

だからまことに似た人を少し見てみたいと思っただけで…ほかに理由はないのだ。



結局来てしまった。

こんな風に華やかな場所は気後れがしてしまう。

まだ日が高くて、客見世も始まっていないから、遊女らしい姿はまばらだ。

と、その時、前から男と女が二人歩いてくるのが視界に入った。


あれ?

山崎さん?

新撰組の監察方を務める山崎さんは平隊士にはその存在がほとんど知られていないが、商人風に着崩した今の男は確かに山崎さんだ。

島原で、密偵でもしているのだろうか?

隣の女性にふと目をやり私は瞠目した。

まこと?

隣に居るのはどうやら遊女らしいけれど、控え目な薄紅色の着物をまとったその人は高潔な凛としたたたずまいで美しく、どこか面影がまことに似ていた。

なんで、山崎さんと一緒に…

その人は山崎さんのほうを向くと妖艶な笑みを浮かべて、寄り添っていて、見ているこちらがどぎまぎしてしまう。

まことじゃない?

まことはあんな笑い方しないし、面影はあるけど、こんなところに居るはずがない。

でも…似ていた。

苦しいくらいまことに似ていた。



「ねえ、土方さん?」

「なんだよ。しけた顔して。」


土方さんはうるさそうに眉根を寄せるけど、私は特に気にすることなく土方さんに話しかける。

私は昼間のことがもやもやしていて、なんとなく誰かに話したくて…副長室に押し掛けたのだ。


「まことは…今本当に江戸に居るんですか?」

「はあ?」

「なんか今日まことに似た人と山崎さんが寄り添ってるのを島原で見たんですよ。だからなんか気になったんです。」

「!ふうん。」


わかるかわからないかくらいの小さな動揺が土方さんに走ったのが長年の付き合いで分かる。

まさか…!じゃあ、あれは本当に?


「って、土方さん、あれはまことなんですか!?

江戸に居たんじゃないんですか?なんで島原に居るんです!」

「うるせえ。ちったあ静かにしろ。」

「…密偵ですか。」

「ああ。」

「なんでそんな危険なこと、まことは女子ですよ!?」

「だからだろ。島原に山崎は送りこめねえからな。女のあいつにしかできねえことだ。」

「でも…!島原なんて…!迫られたりするんじゃないですか!」

「あいつは隊士としてここに居ることを望んでいた。危険な仕事してるのはあいつだけじゃねえだろ。命かけてんのはみんな一緒だ。

あいつにやるか?聞いたらやると言った。だから送りだした。それだけだ。」

「…教えてください。まことの居場所を。」

「その必要はねえ。」

「土方さん!」

「総司!!おめえがそれを知ってどうしようってんだ!」

「…!」

「お前が、水瀬を連れて帰り、それで水瀬の安全を確保して?それで?そのあとは?

お前が代わりに情報とってこれんのか!?

総司、お前は武士だろ、ならたかが女一人に揺らぐんじゃねえ。グダグタ言わねえで黙って腹くくって待ってろ!」

「…」


私は唇をかみしめて

じっとしていた。

土方さんの言うことはいちいちその通りで…

私はこんな未熟な自分がどうしようもなくふがいなかった。

以前はこんなことはなかった。

こんな風に動揺したりすることなく、武士としてなすべきことをすることができたはずなのに…

私はなぜこんなにも弱くなってしまったのだろう。

女子姿で山崎さんに笑いかけていたまことは胸が締め付けられるくらいに美しかった。

それだけで、わたしは体が引きちぎられそうなくらい苦しくて嫉妬している。

土方さんは何の揺らぎもなく、きっとまことを送りだしたんだろう。

すべては新撰組のために。

すべては近藤先生のために。

きっと土方さんにとってはそれがすべてだから。

まことはそれをそれをどんなふうに受け取ってんだろう…。

私は黙って血が出るほど手を握りしめた。


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