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虹に届くまで  作者: 爽風
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第五章 7.演技という名の…:土方歳三

軽い性的な表現が入ります。

水瀬もまた驚いて目を見開いていた。


切れ長の形のよい瞳は目尻に引かれた紅でくっきり際立ち、口元の紅も妖艶さを漂わせている。

たおやかで儚いのに、凛とした雰囲気を醸し出し、息を飲むほどに美しかった。

確かに綺麗な顔立ちをしているとは思っていた。

ただ、袴をはいて男装し、竹刀を握っている姿しか見ていなかったから、女だということを意識することなどほとんどなかったのだ。


おいおい、こいつ下働きとして潜入したんじゃないのか?

こんな姿でうろついてたら一発でやられんだろ!


俺は無性に心がささくれ立つのを感じた。


ただ、ここで知り合いということを見せるわけにはいかない。

遊里と言うのはどこにどんな目があるのかわからないのだ。


俺は努めて他人のふりをして、こいつがこんな風に客の前に上がるのが初めてであることを知り、安堵した。

こいつ自分がどんなふうに男の目に映っているのか気付いてないのだ。


俺は水瀬の酌した酒を飲むけれど、正直、酒の味も気にならないほど、こいつが気になって仕方なかった。

俺が黙りこくっていることにさして気にするでもなく着物の袖をいじっている。

ふと水瀬がたちあがって言った。


「お侍さま、手水いかしてもろてもよろしやろか。」


ここに入って叩き込まれたのであろう京ことばもなかなか様になっている。


「ん、ああ。」


水瀬が優雅な振る舞いで出て行った。


ちくしょう。

なんでこんな姿見てしまったんだ。


よく考えれば水瀬は総司と同い年なのだから21になったのだ。

普通に暮らしていればとっくに嫁に行き、ガキの一人や二人いてもいいころなのに。

こいつは何で、新撰組にとどまろうとする?

間者…

その可能性は常に頭の片隅にある。

だが、こいつはさして怪しい行動を見せるわけでもなく、毎日を楽しそうに過ごしている。

女だと隊士たちにばれたときはどうなる事かとも思ったが、皆、こいつの真意を測りかねていた。

そうこうするうちに女だとかそういうことを意識することもなく、ごく自然になじんでしまったのだ。

山崎に素性の調査を頼んだが報告はまだない。

仕事の早い山崎にしては珍しい。


とそんなことを考えていると手元の杯が空になった。

俺は意外に思われることが多いが酒が飲めねえ。

正直二杯目を飲む気にはなれなかった。

俺は杯を膳に戻すと片膝を抱え、出窓から月を見つめた。


と、その時、ふすまが開いて水瀬の奴が戻ってきた。

腹が立つくらい、女姿は美しく色気があっておれを落ち着かなくさせた。

俺は水瀬から目をそらし、再び窓の外に目をやった。

ああ、茶がほしい。


「どうぞ。」


水瀬の笑いを含んだような声が聞こえ、視線を向けると、

熱い茶を入れた湯呑みを差し出していた。


「!」


俺は心底驚いてしまう。

水瀬は屯所でもああ、茶がほしいと思うと、たいてい何も言わなくても茶を差し出している、そんな奴だった。

俺はなぜかすごく照れくさくて、熱い茶をすすった。


「…うん。」


水瀬の淹れる茶は渋みや苦みがちょうどよくてうまかった。

水瀬はパッと花が咲いたように笑った。

そんな笑顔をすると、こいつの美しさが際立ち、凛としていてどこまでも可憐だった。


俺はなぜか妙な錯覚をした。

水瀬がもし嫁だったら、こんな風に俺がほしいと思ったときにうまい茶を出し、そばで、いつも笑っていてくれるのではないかと。

そしてそんな自分にあきれた。

馬鹿な。

女なんて面倒くさいと今しがた思ったばかりではないか。


とその時、


カサ


誰だ?

俺は瞬間的に刀に手を伸ばしかけ思い直す。

探られているのはたぶん俺だ。

さっきから窓の近くに居すぎたせいで姿を見られたか。

俺は内心舌打ちした。

馬鹿か、俺は。

いつもと違う水瀬に心を揺らされすぎた。


おめえらの好きにさせるかよ。


「…華雪、こっちへ来い。」


俺はことさら甘い声を出し、水瀬の肩をつかんだ。

水瀬は目を見開いてびっくりしている。

俺のこんな姿に気味悪がっているのが伝わってきて苦笑が漏れそうになる。

そのまま水瀬を押し倒し、口づけをした。




俺は瞠目した。

なんだ、これ。

強いて言うなら強烈な懐かしさ。

俺、なんでこの感じ知ってんだ?



「や、…ん。」



水瀬が漏らした吐息に俺は現実に引き戻された。

こいつ…

こんな声出すんじゃねえ。


「そんな声出してどうすんだ。もうとまんねんぞ。」


俺を探ってる奴に聞かせるつもりで言ったが、正直本心でもある。

こんなに目を潤ませてそんな顔されたら自制心が揺らぐ。

おれは内心舌打ちをしつつ、意識を外にいるネズミに向けた。

長州の奴か…?

俺は自分へいい含める意味も込めて水瀬の耳元で囁いた。


「(水瀬、少し我慢しろ、本気ではやらん。)」

「!」


水瀬は顔を真っ赤にしたまま硬直している。



水瀬着物の帯をわざと衣ずれの音をさせて解く。

シュッ!

「あ、ダメ!」

水瀬が顔を真っ赤にして切羽詰まった顔で俺の手をつかんだ。


ばか、いくらなんでも本気でやるわけねえだろ!

なんて顔しやがる

本気で、俺に抱かれると思ったのか。

全くうぶすぎんだろ。

こいつ分かってねえのか。


ただ本気で困って泣きそうな顔をしている水瀬を見るとさすがに気の毒な気もして

俺は外の奴に聞こえないように水瀬の耳に口もとを近づけて言った。


「(そうやってもっと聞こえるように演技しろ。)」

「!?」


演技の意味がわかったのかあからさまにホッとしている水瀬にあきれてしまう。


そんなに怖いならこんなに誘うような表情するんじゃねえぞ。

まったく。


「…ひ、お侍さま、もっと優しく…あ!」


水瀬が密偵に聞かせるために言いかけた言葉をさえぎって水瀬の耳を甘噛みしてみる。


「きゃ」


水瀬が小さな悲鳴を上げたがそれからは眉を寄せてそれを受けていた。

おれはふと体の奥から湧き上がってくる熱い感覚を振り払うように

わざと音を立てて、耳をなめてみる。


「や、いや…あ…!」


水瀬は演技とは思えない甘い声をあげて、それが俺の理性を霧がかったようにかすませてしまった。


ちくしょう。

やべえ

この先に進みたい。

こいつに俺の痕跡を残したい。


俺は水無瀬の耳から首元へ唇を這わせる。

おしろいの香りと甘い女の匂いに体が生理的に熱くなる。

水瀬は目を潤ませ、顔を紅潮させ、俺を上目遣いに見上げた。


ばか!この状況でそんな顔すんな!

本気で止まんねえだろ!



「華雪はん、お時間どす。」


時間を知らせる下働きの子供の声がして俺はハッと我に返り、完全に欲望に負けそうになった自分が無性に恥ずかしく、水瀬に後ろめたくなった。

水瀬は泣きそうになって真っ赤な顔をして俺に背中を向けると素早く解かれた打ちかけを引き合わせ、帯を無造作に縛った。


怖かったのか、当然だろう。

上司に演技しろなんていきなり言われてやられかけたんだからな。

俺は自己嫌悪に陥りかけた。

これが完全に演技で、あのネズミをだますために聞かせるためだけだったなら、俺はこんな気分にならなかったろう。


さっき俺は何を思った?

一瞬本気で抱きたいと思った。

水瀬をほしいと思って、もう少しあのままでいたら、

きっと最後までいっていた。


そんな私心を持ち込んで演技のふりをした自分が醜くて、水瀬に申し訳なかった。



俺は水瀬のほつれた髪をひと房手にとって耳にかけた。

その髪は柔らかく軽く触れた耳は小さく、かすかに熱を持っていた。


「無理させて悪かったな。」


俺は努めて平静を装い言うと、そのまま部屋を後にした。



茶屋を出ようとすると、ふと後ろから呼びとめられた。

「お侍さま」

俺は背中をひねって顔を向けると、水瀬が息を切らせてたっていた。。


「またよろしゅうお願いいたします。」


水瀬が輝くような可憐な笑顔を向けた。

水瀬の目に水っぽいものが溜まっているように見えた。

その笑顔はまぶしすぎて、自分の邪な心が見透かされそうでうまく注視できなかった。


無理させたな。


「ああ」

俺は小さく頷くと暖簾をくぐって茶屋を後にした。


水瀬、俺はおまえにこんな仕事、正直後悔している。

お前のあんな姿を誰にも見せたくない、

お前がまぶしいくらいの笑顔を見せたとき、俺はそう思った。

勝手なもんだぜ。

女としてのお前を散々利用しといていまさらかよ。

俺はお前を行かせた。

俺は新撰組の鬼だ。

だから新撰組の副長として俺はこの選択を後悔してはいけない。

待つ。

お前を。


春の月はぼんやりとしていて、その光は少し頼りなく見えた。

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