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虹に届くまで  作者: 爽風
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第五章 5.初仕事、ニセモノの…

軽く性的な表現が入ります。

一見さんのお客さんはなんと土方さんだった。


土方さん。

なんでここにいるの!?


あたしは思わぬところで思わぬ人に会い、内心完全にパニックだった。


「どうした?」


土方さんはと言えばびっくりするくらい落ち着いていて、無愛想で、何の驚きもなさそうだ。



え?

まさか気付いてない?

マジで?

ううん、さすがにそんなわけないと思う。

知ってて会いに来た?

山崎さんはどこの置屋かまで言ってないはずだから、偶然で、気付かないふりということもありうる。

だったらここでは水瀬真実という人格は消して、華雪として接するべきだ。


あたしはそう思い直して膝を進める。


「へえ、えらいすんまへん。」


あたしはとりあえず土方さんの隣に行って用意されたお酒をお酌しようとして、ふと思いいたる。

土方さん、お酒ほとんど飲めないんじゃなかった?

お茶のほうが飲みたいんじゃないかな。

でもここでお酌やめるのは不自然だし。

あたしは少しだけ杯にお酒を注いだ。

土方さんは何も言わずに杯を傾けると

あたしに目を移して無表情に聞いた。


「慣れぬのか?」

「え?」

「この仕事はまだ日が浅いのかと聞いておる。」

「へえ、その、初めておす。」

「そうか。」


それきり何も言ずに窓の外を見ている。


あたしのこともしかしてちょっと気にしてくれてるのかな。

全然成果が上げられなくて申し訳ない限りなんですけどね。

沈黙だけど、あまり気詰まりじゃない、むしろ心地いいとさえ思っているのはあたしだけだろうか。

ふと杯を見るともう空になっているけれど、お酒を飲めないのを知っているからあたしはお酌することは躊躇われた。


こんな時土方さん絶対お茶がほしいと思ってるにきまってる。

あたしは土方さんに断ってトイレに立った隙に部屋の外で待機している付き添いの人にお茶の用意を頼んだ。


お茶の用意を持って帰ってきたあたしを見て土方さんは形のよい目を見開いた。


「!」


何カ月もあなたのお茶を毎日淹れ続けてるんですからさすがに分かりますって。

あたしは心の中で笑いながら、お茶をいつもどおり淹れて差し出した。


「どうぞ。」

「…ああ。」


土方さんはそれだけ言うと、湯呑みに手を伸ばした。


「…うん。」


土方さんが”うん”って言う時は必ずおいしいか、満足って意味なんだよね。

毎日ご飯作ってお茶淹れてるから、こんなこともわかるようになってきたのがうれしい。

あたしたちの距離はきっとこれ以上縮められないけど、こんな風に土方さんのことを見ていたい。


とその時、


カサ


かすかな衣擦れ音がした。


誰かに見られてる?

あたしはすぐに周囲に気を走らせたのだけど、どこに人がいるのか測りかねた。


土方さんもその気配を感じ取っていて、

一瞬その瞳に緊張が走ったけれどすぐにその空気が変わった。


「…華雪、そろそろこっちに来い。」


今まで聞いたこともないような甘い声。

あたしは怪訝に思いながらも膝を進めて土方さんの隣に来ると

土方さんはそのままあたしの肩を抱き後ろに押し倒した。


!!


「あっ」


思わず驚いて声が出た。


「華雪…いいだろう?お前が気に入った。」


土方さんの声は低くて甘くて少しかすれていた。

あたしはその甘い響きに酔いそうだった。そして土方さんはあたしの耳元に口を近づけ聞こえるかどうかくらいのかすかな声で囁いた。


「(水瀬、少し我慢しろ。本気ではやらん。)」

「!」


土方さん、気付いてたんだ。

我慢って…一体?

そう思ってると、あたしの唇は土方さんのそれで静かに覆われた。


あの歓迎会の夜の出来事が思い出され、あたしは切なさが増す。

でもその一瞬ののち、すぐにその甘美さに酔いしれた。

あの夜よりもずっと柔らかくて、情熱的で…そしてずっとずっと甘かった。

何も考えられない。

何もいらない。

今この瞬間は。


「ん、あ…」


あたしは我慢できなくなって吐息を漏らす。


「そんな声出すんじゃねえ。どうすんだ…もう我慢できねえぞ。」


土方さんの甘い声があたしを包む。


何何何?

エロすぎでしょ、そのセリフ!!

経験ないあたしには刺激強すぎだし!!

鼻血でそうです!


シュッ

土方さんはあたしの体の前に複雑に結われてある帯を手慣れた様子で、あえて衣ずれの音をさせながら解く。


「あ、ダメっ!」


あたしは思わず土方さんの手をつかんだ。

とその時、土方さんは耳に口元を近づけて再び囁いた。


「(そうやってもっと聞こえるように演技しろ。)」

「!?」


演技?


!!


その意図するところに気付いたあたしは赤面する。

誰かはわかんないけど、土方さんか、あたしが探られている。

ここで黙ってたり、知り合いだみたいな雰囲気が相手に感じられたら、この密命自体がおじゃんになる。だからあたしは遊女になりきってお客さんとエッチしてるように見せかけてこの場を乗り切るしかないってことだ。

経験ないあたしには情事の演技なんてどうしていいかわかんないし。


つまりはニセモノ。

この遊女姿も、この情事も、

そして土方さんのこの表情も、声も…

全部ニセモノなんだ。


でも土方さんの声もしぐさもずるいくらい優しくて甘くて…

あたしはニセモノでもこの時間にこの上ない泣きたくなるほどの幸せを感じ、それに酔っていた。


「…ひ、お侍さま、もっと優しく…あ!」


土方さんと言いそうになってあたしはあわててお侍さまと言い直す。

スパイがどこまで知っているかは分からないけど、土方さんはこの空間で一切名乗ってはいないのだ。

土方さんはあたしの言いかけた言葉をさえぎって耳に口を近づけてあたしの耳を噛んだ。


「きゃ」


かすかな痛みの後は甘い快感があたしをしびれさせた。

わざとなのだろうけどそんな音をさせて耳なめるって反則!

耳から首元へと唇が移動しその跡が焼け付くほど熱い。


「や、いや…あ…!」


あたしはもはや演技どころではない。

自分の口からでているなんて思えないような恥ずかしい声が漏れる。

恥ずかしくて、甘くて…。

やだ、こんなの知らない。

だってこんな感覚初めてなんだもの。

腰から背中にかけて甘美な痺れが登ってくるような初めての感覚。

あたしは目じりに涙が浮かぶのを感じた。



「華雪はん、お時間どす。」


時間を知らせる下働きの子供の声がしてあたしはハッと我に返り、息を乱している自分が無性に恥ずかしくなった。

あたしは土方さんに背中を向けると解かれた打ちかけを引き合わせ、帯を無造作に縛った。

別に裸を見られたわけではない。

ただスパイをだますためにキスをしただけ。


それなのに動揺してしまって、でも大好きな人に触れられていることがすごく幸せで、うれしくて、こんな自分が死ぬほど恥ずかしくてあたしは泣きそうになった。


ふと土方さんの固くて節くれだった武骨な手があたしのほつれた髪をひと房手にとって耳にかけた。

その仕草はうっとりするほど優しくて勘違いしてしまいそうになる。


「無理させて悪かったな。」


その声はいつも通りの土方さんで、

あたしは急速に自分の熱が冷えていくのを感じた。


あたしは目の前の視界がぼやけていくのを感じた。

土方さんのささやきを耳にしながらもあたしは胸が詰まって何も言うことはできない。

ダメだ。こんな時なのに。

あたし、やっぱりこの人が大好きだ。


土方さんが身支度を整えてふすまを開けて部屋を出ていくのをただ背を向けて黙っていることしかできない。

ダメだ。

きちんと笑って言わないと。

だってあたしはここに遊女として、仕事としているんだもの。

あたしは顔をあげ土方さんがたった今出て行ったばかりのふすまを乱暴に開け、玄関まで駆け下りた。

その行儀の悪さにお茶屋の主人は一瞬眉をひそめるけれど、お客さんの手前なのか笑顔をとりつくっているのを横目で感じた。


「お侍さま」


あたしは今まさにお茶屋を出ようとしている土方さんに声をかけた。

土方さんはその広い背中をひねってあたしに顔を向けた。


「またよろしゅうお願いいたします。」


あたしは精一杯の笑顔を向けた。

その拍子に涙が一粒零れ落ちたのを土方さんは気づいてしまっただろうか。


「ああ」


そう言った土方さんは一瞬ほほ笑んだように見えたのはたぶんあたしの錯覚で、

土方さんはすぐに暖簾をくぐって店を出て、その背中はすぐに見えなくなった。

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