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虹に届くまで  作者: 爽風
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第五章 4.遊女、華雪の誕生

元治元年三月。

季節はすっかり春だ。


島原のお茶屋である華屋に見習いとして入ってから一か月がたった。

あたりまえだけど、新撰組の男所帯の屯所に慣れたあたしにはこの女の園はびっくりすることばかりだ。いまのところは何の問題もなく、あたしの身にはこれと言って変化がない。


あたしはお真(”おしん”本名の真実から一文字とって。某テレビの昔のかわいそうな苦労人の女の子の名前だというのが泣ける。)、17歳(歳が行き過ぎらしいので、これでもギリギリらしいけど)と名乗ってこの島原の置屋である華屋に来た。

家族が亡くなり、江戸から親戚を頼ってきたものの、親戚も既に亡くなり、女衒(売春斡旋業みたいな人)の紹介でここに流れ着いた。という筋書きでここに居る。

なぜ年齢詐称の必要があるのかと、山崎さんに聞けば、21なんて(まだ20歳だけど)そもそもこんな年の行ってから見習いなんて無理とのこと。出戻りか、よほど体に不具合があるとみなされ、追い返されるのが関の山なのだという。

全く失礼な話だ。

あたしにしてみればまだ20歳、でもこの時代にしてみれば完全にもう、行き遅れどころか欠陥品扱いだ。

失礼と言えば、さすがに17は無理があると言ったら山崎さんは色気がないから大丈夫と妙な太鼓判を押してあたしを絶句させた。

山崎さんという人はあたしを信用しているわけではないけれど、とりあえずは仕事を任せていてくれるらしく、大阪人の気質なのか、芸人みたいなことを時々言う。

ちなみに新撰組での水瀬真実は病気療養のため江戸下がりをしているということになっており、幹部にもこのことは伏せられているらしい。

だから島原で新撰組の隊士にあってもどこに他人の目があるかわからないため”絶対に気付かれずに他人のふりを貫くこと”それが山崎さんとあたしが交わした約束だった。


遊女のお手伝いと下働き、そして初見世の為にとにかく所作や京言葉を叩き込まれているうちにあっという間に一日が済んでしまい、潜入の目的なんて全く果たせていないのが現実だ。ただ年も近いせいか華香太夫という華屋の看板太夫があたしのことを気に入ってくれて、一週間ほど前から華雪という源氏名をもらってお座敷に上がってお酌とかをするようになった。


全く酔っぱらったおっさんはいつの時代もたちが悪い。

尻や胸をさわられたりしてあやうく投げ飛ばすところだった。

触られるだけでも気持悪いのだから、好きでもない人と体を重ねるなんて、やっぱりできそうにないと思ってしまうあたしは未熟者だ。

華香太夫を含め、ここの女性たちは実際にいろんな葛藤や苦しみを化粧と美しい着物の中に隠してみんな笑って、自分たちの芸に誇りをもって仕事をしているプロなんだもの。



「華雪、今まではうちと一緒にあがっとったけど、今日は一人でお座敷にあがれる?」

「はい、じゃなくて、へえ。」


慌てて言い直したあたしに華香太夫はふふふと優しく笑う。


「華雪はほんまおもしろいなあ。ええよ?お客さんの前でだけ、気をつけてくれたら。」


首を少し傾げて袖で口元を隠す姿は本当にどきりとするくらい艶っぽい。

華香大夫は歳は19なのだというけれど、あたしとは色気が天と地なのだ。

くっきり二重の黒目がちな目はいつも潤んでいて、小さくて控え目な口元は普段はまだ少女のあどけなさを残しているのに、紅をさすと危険で人を酔わす妖艶な生き物に変化する。

儚げで、たおやかで、美しい。


ああ~鼻血でそう。

華香太夫本当に綺麗なんだもの。

小柄だし、なんていうかこう、ぎゅっとして守ってあげたい、保護欲を刺激されるんだよね。


あたしはおっさんみたいなことを考えながら目の前の華香大夫に見惚れた。


「華雪?」

華香大夫に呼ばれて我に返る。

「は、はい。」

「今日は、ほかのみんなが出払ってしまううんよ。せやから華雪には一見さんのお相手お願いしよう思うんやけど大丈夫やろか。」


一見さんとは初めてこのお店に来るひとのことだけど、一見さんと体の関係になることはほとんどない。たいていはお酌して、舞いとかを見せるだけだ。たぶん華香太夫はそういうことに躊躇しているあたしに気を使ってくれているんだろう。


「へえ、やらせてもらいます。」


あたしは慣れない京言葉で答える。

華香大夫は一瞬目を見開くと、すぐに顔を破顔させて笑った。

こういう顔をすると華香大夫はまだまだ年相応のあどけなさとかわいらしさが垣間見える。





夕方、あたしは見習いとは言え一人の遊女としてお座敷に上がるということでいつもよりも念入りに支度をされた。鏡をのぞくと慣れないおしろいや口紅で自分の顔は正直別人に見える。

あたしは斎藤さんからもらったかんざしをお守りとして挿した。

告白を断った人からもらったものをつけるなんて間違っているかもしれない。

でも斎藤さんはあたしにとって大切な人であることは間違えようのない事実で、たとえ想いには応えられなくても、伝えてくれた思いは大切にしたかったし、新選組とつながる唯一の縁のような気がして。

これは、あたしの驕りなんだろうか。


「華雪、お客さんお待ちえ。」

おかみさんがあたしを呼ぶ声がする。

「へえ。」

あたしは迷いを振り払うように顔をあげ、重い着物の裾をさばきながらお座敷に向かった。


にしても、見習いでもなんでもいいから、なんて投げやりなお客さん珍しいな。

太夫とは違うものの、お代は決して安いわけじゃないのに…

まさか、とにかく女を抱きたいんだとかそういうんじゃないでしょうね。

あたしは緊張で顔がこわばるのを感じたけど、もしそうでも覚悟を決めるしかない。


「お客さんがお待ちどすえ。ほれほれそんな強ばった顔せんときちんと笑い。可愛がってもろて、お馴染みさんになってもらいや。」


お茶屋のご主人はあたしに耳打ちすると、ふすまに手をかけ、静かにあけた。

あたしは手をついて重い頭を下げた。


「華雪どす。よろしゅうおたの申します。」

「ああ」


華香大夫がしてたみたいに挨拶をするとひどく無愛想な返事が聞こえてあたしはゆっくりと顔をあげた。


そしてお客さんの顔を見て、絶句した。


その人は、



…土方さんだった。

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