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虹に届くまで  作者: 爽風
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第五章 3.密偵への準備

山崎さんとの絡みと密偵に行く前の様子を描きたくて、章を追加しました。

山崎さんの隠れ家であたしは島原に潜入するための準備を進めるためにしばらく一緒に暮らすことになった。敵意剥き出しの山崎さんと一緒に暮らすのは正直息がつまるけど文句言える立場じゃ無いし。


「おい、これを着てみい。」


拭き掃除をしていたあたしの前に山崎さんがばさりと風呂敷畳みを投げてよこした。

開けてみるとそれは女性用の着物に櫛やら髪紐やら一式入っていた。


「着れたらまた呼ぶんやで。」

「あの…!」


そう言うとあたしが呼び止める前に、別の部屋に入ってしまった。

どうしよう…。

袴や道着は着慣れていても、女性の着物なんて成人式の振袖しか着たことがない。もちろん自分で着付けなんて全くできない。

あたしは途方に暮れてしまった。

とりあえずあたしは着ていた袷と袴を脱いで、更に動き易いように胸に巻いた晒しを外して畳んだ。

そして屯所に暮らしてた時にどうしても褌をつけるのは憚られたのでこっそり自分で縫った特製紐パンツを脱いで全裸になる。

風呂敷の中を探ると湯文字と呼ばれる女性用の下着(!)もある。


やっぱり着物の下はこれなんだよね。

スースーしてお腹冷えそうだし、パンツ履かないなんてちょっと抵抗ありまくりだけど、でも山崎さんが(おそらく)恥を忍んで調達してくれたものだし、この時代では当たり前の事だし。

あたしは覚悟を決めて湯文字を付けて下着となる単衣をなんとか着たところまでは良かったのだけど、その先になると知らないものをどう着ていいのやら、全く進めなくなってしまった。


「おい、いつまでかかっとるんや。」


山崎さんの声が聞こえて、あたしは袷の着物を引っ掛けて帯を持ち、覚悟を決めて隣の部屋のふすまを開ける。


「全く着替えにどんだけ…!」


書類をチェックしていた山崎さんが文句を言いながら振り向いて、絶句して口をあんぐり開けている。


「すみません。着方が分からなくて…。

教えてもらえ…」


あたしは言い終わる前に、物凄い力で肩を掴まれ、床に押し付けられる。山崎さんは氷のような蔑みの視線をもってあたしの上に馬乗りになって首に片手で手をかけ上から睨みつけていた。


「い、痛い…です。離して…くだ…」

「何のつもりや。監察方の俺を色仕掛けで籠絡しようなんて甘く見られたもんやな。このまま死ぬか?」


山崎さんはふんと鼻白みながら、ジリジリと手に力を籠める。

あたしは手でビクともしない大きな手をタップして誤解を訴える。


「ちが…誤解…です!着方が…ほんとに…分からない…んです!!離し…て!!」


これ以上やったら本当に死ぬと思ったのか、山崎さんはどさりと乱暴に投げ出すようにあたしを離した。


「ゴホッゴホッ!」


空気が急に喉を通り思いっきり咳き込み、涙が出てきた。


ちくしょう。

首を締め上げられただけではない涙が溢れる。

でもこの人の前で泣きたくなんて無くて、あたしは乱れた襟や裾を直しながら歯を食いしばって睨みあげた。


山崎さんはあたしを冷たく見下ろしたまま呆れたように口を開く。


「着物の着方が分からへんなんて何を言うてんねん。ほいだらこれまでどやって生きてきたんや?新撰組に来る前はどないなもんを着とったんや?

そんな下着一枚でほいほい男の前に出るなんてどないされても文句は言えんで。」


新撰組に来る前?

普通に洋服を着て暮らしてたわよ。

別に下着でフラフラして男に媚びたりしてたわけじゃない。

だって着物なんて着たことがないんだからしょうがないでしょ!


あたしは手を握りしめる。爪が掌に食い込んでその痛みで爆発しそうになる悔しさを抑えていた。掃除や炊事なんかは屯所でもやってたから問題なく出来たけど、この時代の女の人の常識が全く無い。

今迄は屯所の中で守られてたからそれでも良かったけど、これからはそうじゃない。

密偵として島原の遊女見習いになるんだもの。

知らなかったじゃ済まないんだ。

だから教えてもらうしかない。

あたしはしばらく膝の上で握りしめた自分の手を見ていたけど、思い切って山崎さんに向かって頭を下げる。


「無作法ですみませんでした。本当に着物の着方や帯の結び方、髪の結い方も分からないのです。次からは自分で出来るようにしますから、教えてください。」

「!」


山崎さんは少しの間考えていたようだったけどふんと鼻を鳴らして散らばった袷と帯を手にとってあたしを立たせた。


「まずはこれを着て、紐の位置はこの辺りや。

違う、男もんやないのやから襟を少し抜け。このくらいや。」

「は、はい。」

「帯は文庫でええやろ。少し若すぎるかもしれんが。ここをちょっときついくらい締めとけば、まあ着崩れん。」


山崎さんは少し乱暴にだけれど、迷うこと無く着付けを手取り足とり教えてくれた。

そして鏡の前に座らせると油や櫛を使って器用に髪を結い上げる。


「明日から自分でやるんや。よう見とけ。髪型は見苦しくない程度に簡単にこんなもんでええから、その代わり出来るだけ崩さんように気いつけ。」

「は、はい。」


簡単にとは言うものの、あたしに取っては充分に複雑で、果たして自分でどこまでできるか怪しいものだけど、練習してやるしかない。

鏡の中には何やら取って付けたような不自然な自分がいてなんだか落ち着かないし、動き辛そうだ。でもこれにまずは慣れないと。


「山崎さん、教えてくださってありがとうございます。きちんと自分で出来るようにします。」


あたしはもう一度頭を下げ下げた。


「ああ。はよ慣れや。

あとまだお前を信用しとる訳やないが、さっきは手荒な真似をして済まんかった。」


山崎さんは決まり悪そうに言った。


「いえ、私は常識が分からないので、潜入までにおかしな事があったら遠慮無く指摘してください。流石に毎回首を締め上げられるのは辛いですが。」

「分かった。」


山崎さんは苦笑いを浮かべながら頷く。

この人も怪しい女を押し付けられて困惑してるんだ。でも監察方として神経を研ぎ澄ませていないといけなくて、申し訳ない。

だからこそ、信用してもらえるように早く慣れよう。そして自分の、やるべき事をしっかりやるしかないんだ。


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