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虹に届くまで  作者: 爽風
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第五章 2.秘密、山崎丞という男

密命に際して、あたしは監察方(情報収集隊みたいなものらしい)の山崎さんという人に会うことになった。山崎さんという人は、ほとんどの隊士にその存在が隠されている。山崎さんを知る人は、組長以上の幹部のみらしいのだ。そんなわけで、山崎さんは屯所をうろうろするわけにはいかないらしくあたしは今、山崎さんの隠れ家みたいな民家に居る。


今回のミッションは連携が胆になる。島原へ潜入するのはあたしだけど、新撰組とあたしをつなぐパイプ役は山崎さんだ。

そんなわけで、近藤先生と土方さんがあたしと山崎さんを引き合わせたのだけど、山崎さんはあたし完全に敵視している。

切れ長の瞳は鋭くて、武士というよりも忍者みたいな身のこなしだと思う。

武骨なところは一切なくて、大勢の人の中に入ったら一瞬にして溶け込むことができそうだ。

あたしが女だから?

それにしてもちょっとでも身動きしたら殺されそうなほど睨まれているのはなぜだろうか。


「あの…」

「なんや」

「今回の密命なんですがその詳細について教えていただけませんか?」

「フン、ほんまに協力する気あるんか?」


山崎さんは軽蔑したようにあたしを横目で見た。


「…どういうことです?」

「ほんまはおまえ自身が中から新撰組をぶち壊そうと思うとるんやないんか?」

「は?」


いわれのない誹謗を受ける余地はあたしにはない。

あたしは思い切り眉を寄せて不機嫌な顔をした。


「フン、すっとぼけるんもうまいな。

お前…何もんや。素性偽るんは知られたらまずいことがあるからやろ?」

「…」


この人は何を知ってる?

どこまで知ってる?

あたしは山崎さんを見据えた。


「副長に頼まれてな、おまえの素性を探ったが、なあんもわからんかった。長州や薩摩の間者やおもうとったけど、言葉に訛りは一切見られんし、怪しい行動も今ンとこはおこしとらん。お前の目的はなんや?

おまえには壬生寺で沖田はんと会った以前の存在がないんや。人間はどんなに隠そうとしても生きておればその痕跡ゆうもんがどこかしらに現れるもんなのに、お前にはそれがない。まるで人智を超えた力でいきなりその場に現れたようなもんや。おまえは何もんや?」

「…」


あたしは答えることができない。

だって山崎さんの言うことはいちいちその通りで…

あたしは本来この世界に居てはいけない人間で

歴史を変えることが怖くて、新撰組のみんなに気味悪がられたり嫌われるのが怖くてずっと素性を隠し続けている。


「俺は副長や近藤先生ほど甘ない。

お前がどんな事情抱えとろうが怪しいおもたら、排除すべきやと思う。

そう進言しようとした矢先にこの仕事や。お前みたいな怪しい奴、潜入につかおうなんて何考えてんねや。」


潮時なんだろうか。

こんな風に素性をいつまでも隠し通せるとは思えない。

みんなに言うべきなのか、こんな突拍子もないことを。

でもあたしが先のことを知っていると知ったらみんなはどうするんだろうか?

そう思うと怖くて話せないよ。

でも…


「…もし…ある日いきなり今まで自分が生きていた世界と全然違う世界に来てしまったとしたらどうします?」

「は?何ゆうてんのや?」

「もしそれが…自分が生きていた時代よりもずっと前、たとえば150年も昔の世界だったら、どうしますか?」

「阿呆か?そんな馬鹿なことあるわけないやろ。おちょくってんのか?」


山崎さんは話にならないと言ったふうで、眉をしかめてあたしをにらんだ。

そうだよね、これが当然の反応なんだ。

信じてもらえるはずはないんだ。

あたしだって受け入れられなかったもの。


「ふふ、ですよね。冗談です。」


あたしは無性に泣きたくなって、無理やり笑った。

ここで自然に生きていくためにはどんなに疑われても、話さないほうがいい。


「…確かに山崎さんが言うみたいに怪しい要素しかあたしにはない。このこと副長にも近藤先生にも話してもらって構いません。ただ、あたしは今までの行動を信じてくださいとしか言えません。それで処断されるのであれば仕方ないことですから。」

「…副長はこの仕事にお前を使うと言った。それには従わねばならんからな、この密偵中にお前を監視する。怪しければそのまま斬る。それだけや。」


山崎さんは眉根を寄せて一つ嘆息した。

山崎さんなりの最大の譲歩なのだろう。


「ありがとうございます。」

「信じたわけやない。」

「でもありがとうございます。」


ありがたかった。

あたしは信じてもらえるように行動するしかないんだもの。


あたしたちはそのあと、明日から張り込む島原でのあたしの身の振り方と、仕事内容を細かくチェックした。

がんばるんだ。

あたしがここに生きるために。



芹沢先生はどうしてこんな突拍子もないことをあんなふうに信じてくれたんだろう?

否、信じたわけではなかったのかもしれない。

信じたいと思ったのかもしれない。

今になってみると思う。

芹沢先生はきっと新撰組のこれからのために、日本の未来のために、悪者になったままで

あえて殺されようとしたんだ。

先生はずっと死に場所を探していた。

大和屋でも。島原でも。

暴れているときの芹沢先生は狂気じみていて、でも圧倒的な孤独の中に居て、常に死にたがっているように見えた。

切腹っていう手段もあったはずなのに、でも隊士たちに何のわだかまりも、疑問もなく近藤先生を頂点にして人望を集め、土方さんに手腕をふるわせ、新撰組を未来に託すために、自分が悪者になって嫌われぬいて表舞台から消えることが必要だと考えたんだろう。

そして、その行動の引き金はあたしの言葉だったと思う。

未来は新撰組が誠の武士として認識され、平和だと。

”そんな未来が来ると思えば誠を貫いて死んでいける。”

あの言葉は芹沢先生の本心だ。

あたしの言葉が芹沢先生を歴史上の悪者にして、殺したんだ。

でもきっと芹沢先生もお梅さんもあたしがめそめそすることを何一つ望んでいない。

”すべては新撰組のために”

”すべては芹沢先生と共に”

これが二人の真実であり、誠だ。

だからあたしはこの罪悪感をは自分の中に閉じ込めて、この二人の誠を引き継ぐことこそがあたしのなすべきことだと思っている。


秘密がだんだん増えていく。

秘密って重くて苦しい。

誰かに話して楽になりたいって思う。

未来から来たこと、

これからの歴史を少しだけ知っていること、

芹沢先生たちのこと、

この気持ちを共有してもらえたら、わかってもらえたらって思う。

でもそれは許されない。


だから笑うんだ。

あたしに任された仕事を精一杯やって頑張るしかない。

あたしの誠を信じてもらうために。


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