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虹に届くまで  作者: 爽風
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第四章 14.想ひ人

お梅さんからの手紙をもらってから数日、あたしはし菱屋さんに行ってお宮さんという女性の居場所を教えてもらい、その女性に会いに行った。

その人はお梅さんと江戸にいたころからの知り合いで、なんでも島原の太夫らしく、名前を夕霧太夫といった。お梅さんとは対照的な儚げな美人だけど、凛とした眼差しの強さが印象的だった。

あたしはお梅さんの知り合いだと言うと、島原のゆったりとした京ことばから、ちゃきちゃきの江戸弁になってその変わりようには驚いた。

きっと夕霧大夫という島原の女の顔と、お梅さんの友達のお宮という女性の顔と二つの顔を持っているのだ。


「お梅が頼み事するなんて初めてでさ、なんかあったのかって聞いても、答えやしない。

でも虫の知らせってあるんだねえ、こんなに早く逝っちまうなんて。」


お宮さんはさみしそうに笑いながら言った。

その笑みは世の中の悲しみや辛さを知りつくしたような妙に悟りきった静謐な表情だった。


「お梅があんたが尋ねてきたら渡してくれって頼まれたんだ。」


そう言ってお宮さんは

あたしに風呂敷包みを渡した。

包みを開くと、そこには紺色に白の桜の小花があしらってあるとても上品な着物と、白い帯、赤の帯締めとそろいの帯枕が入っていた。

お梅さんはどちらかというと派手で、蝶や扇子みたいな大柄のあでやかな着物を着ていたから意外だったけれど、こんな落ち着いた控え目な着物が好きだったんだなあと思う。


「あんたにきっと似合うよ。

お梅によく似てるから、こういうちょっと地味くらいな着物がきっとよくにあう。

今はまだ髪が短いけど、これで女髪を結って化粧して、この着物着たら、京の町中の男どもがあんたに振り向くよ。島原は商売あがったりだね。」

お宮さんはからかうように笑いながら言った。

「そんな、やめてくださいよ。」

「また、来なよ。」

お宮さんは柔らかく笑って言った。

「はい。」

あたしは風呂敷を受け取ってお茶屋さんを後にした。

お梅さんはこうやって生き続けている。

あたしはすごく温かい気分になった。




その日の午後、あたしは延び延びになっていた斎藤さんとの買い物に出かけることにした。

ただ行きがけに永倉さん、平助君、佐之さんに捕まって結局5人で京の街に出かけることになり、斎藤さんはいつにもまして仏頂面になって、あたしたちを笑わせた。


「今日は何の買い物なんだよ?」

佐之さんがぼさぼさの頭をかきながら言った。

「斎藤さんの買い物ですよ。」

あたしはみんなの歩幅に合わせるために少し速足で歩きながら言う。

「斎藤の?お前、水瀬に買い物に付き合わせるってことはなんだ、惚れた女でもいるのかよ?」

佐之さんはからかうように言った。

「…ああ。」

斎藤さんは仏頂面には変わりないけれど、少し顔を赤らめて言った。


「なんだよ、おまえみたいな朴念仁にそんな奴がいたのかよ。」

「斎藤さん、俺口固いから教えてよ。」


とたんに永倉さんと平助君は食いついて斎藤さんを左右から囲んで質問攻めにしている。

あたしはその様子をみて笑い、ふと空を見上げた。


鰯雲が遠くの山まで続いていて、空が高かった。

風が金木犀の香りを運んできて、その甘い香りが胸の奥まで沁み渡るようだった。


「おい、水瀬、おいてくぞ。」

永倉さんの言葉に我に返り、あわててみんなのもとに走って行った。




小物屋さんに入ると色とりどりの簪や櫛、巾着なんかが所せましと並んでいる。


「わあ、可愛い!!」


あたしは一気にテンションが上がる。

普段むさ苦しい所にいるから余計にこういう小物が目の保養になるわ。あたしも一応女だし見ているだけで楽しくなってくる。

いつの時代も女子はこういうオシャレなものが大好きなんだよね。

あたしも未来にいたころは渋谷とか原宿の雑貨屋さんでブラブラしてたなあ。


「水瀬も女だったんだな」


佐之さんがからかうように言った。


「どっからどう見ても女じゃないですか。」


あたしは憮然として言う。


「どこがだよ。そこらの男よりよっぽど男らしいぜ、格好も、度胸も。」


永倉さんがその横から言った。


「そうそう、普通の女子は柔術なんて使わないし。この前かけられた絞め技で俺3日は腕上がんなかったけど?」


平助君もかぶせるように言う。


「う、そんなに力こめてないもん!平助君が大げさなだけじゃん。」


「「「あはははは」」」


例によって三馬鹿トリオは大笑い。

完全にからかわれてんじゃん。

まあ、いいけどね。


「あたしだって女の格好すればそれなりになるって言われました。馬子にも衣装っていうでしょ?」

「はははは、それ自分で言っちゃう?まことはホント面白いよ。」


平助君は大きなネコ目に涙を浮かべて笑っている。


ふーんだ。

見てろよ、お宮さんに美人になるって言われたんだから!


あたしは憮然として、三馬鹿トリオのもとを離れて斎藤さんの所へ行く。


「元気でたか?」


不意に聞かれてびっくりして斎藤さんを振り返る。

斎藤さんはお店の品物から視線を外さずに言った。


「永倉さんたちはああ見えていつもおまえを気にしている。あまり独りで抱え込むなよ。」

「…はい。」


斎藤さん、そんな風に見ていてくれたんだ。


「ありがとうございます。

ところで、どんな贈り物考えているんですか?」

「…何がいい?…水瀬だったら。」


斎藤さんは無表情に聞いた。

この斎藤さんが好きになる人っていったいどんな人だろう。

その人の前ではこの仏頂面がどんな顔するんだろう?

そう思ったらなんだかほほえましい気分になる。



「私だったら、好きな人がくれるものなら何でもうれしいですよ。どんな人ですか?」

「…まっすぐで、どんなことがあってもくじけない、芯の強い女だ。」

「へえ。素敵な人ですね。斎藤さんは彼女にどんなものを送りたいんですか?」

「…その女が俺の選んだものを身につけてくれたら嬉しいと思う。しかし女の喜ぶものはよくわからんからな。…だから水瀬に選んでもらえればいい。」

「櫛とかかんざしとかなら身につけてもらえるんじゃないですか?」

「…そうか。じゃあ、水瀬、好きなものを選べ。」

「だめですよ。斎藤さん自身が選ばないと。

彼女が身につけている姿を想像して選んであげてくださいよ。」

「…俺は…こういうものはどうかと思うが、いや、やはり水瀬がもらってうれしいものを選んでくれ。」


斎藤さんは近くにあった銀細工の本体から何本も細い板が下げられている精巧な作りのそれを手に取った。一見ほかのかんざしに比べたら地味だけれど、透かし彫りの本体に青いガラスがはめられている精巧な作りで、光を受けると虹色に反射する。上品で、とても綺麗だ。


「わあ、素敵。それ、いいと思います。あたしももし髪があったら付けてみたいくらいです。」

「そうか。」


斎藤さんははにかんだように笑ってそれを手に取り、お店のご主人にお会計を頼んでいた。


お会計を終えて店を出ると、永倉さんたちはなじみの女の人たちに向けてかんざしやらなんやらを買ってもう外で待っていた。


「ずいぶんなげえな。」

「待ちくたびれたぜ。」


永倉さんたちはぶつくさ言いながら前を歩いている。

あたしたちの背中には夕暮れが迫っていた。




夜夕食を終えて廊下を歩いているとあたしは斎藤さんに話しかけられた。


「水瀬」

「はい?」

「今日は、助かった。」

「いえいえ、全然。小物屋さんすごく楽しかったし。」


あたしは笑いながら言うと、斎藤さんはふとまじめな顔になってあたしを注視した。


「水瀬、手を出せ。」

「え?」

「いいから早く。」

「は、はあ。」


あたしはわけがわからないながらも両手を出した。

斎藤さんは怒ったような困ったような顔をして乱暴に和紙の包みをあたしの手のひらの上にのせた。


これって、

昼間斎藤さんがお店で買ったものじゃない?


「え?これって…」

「そう言うことだ。何も言わんで受け取ってくれ。」


斎藤さんはあたしのほうを見ようとしないけど、耳が真っ赤になってた。


「…!」


あたしは思わず口に手を当てた。

斎藤さんの好きな人って…

もしかして…

あたし!?


どうしよう。

全然気がつかなかったよ。

受け取れない。

だって…


「斎藤さん、あの、すみません。あたしは…「分かっている。」」


斎藤さんは断ろうとするあたしを遮って今度は真っ直ぐにあたしを見据えて言った。


「お前にそんな気がないのは知っている。こんな思い迷惑だということも…

…だが伝えずにはおれんかったのだ。

…すまん。未熟だと笑ってくれ。」

「そんな笑うなんて…!」

「使わなくてもいい。捨ててくれても構わん。今だけただ受け取ってくれたら、他は何も望まん。…頼む。」


こんなまっすぐな想いぶつけられるなんて、

思ってもみなかった。

あたし全然気がつかなかった。

なんで、あたしなんか…


あたしは胸の前で包みを抱きしめ一度ゆっくりと瞬きをしてから斎藤さんをしっかり見据えた。あたしはこの想いにきちんと答えなければ。


「…斎藤さん、あたし、気持には応えられません。

ごめんなさい。

でも…ありがとうございます。

…斎藤さんがあたしのことを想って選んでくれたこと、すごく、うれしいです。

…いつかあたしが女子の格好をする時が来たらきっとお守りにつけさせてもらいます。」


あたしはドキドキしすぎて声が上ずるのを抑えられなかった。


「…ああ。」


斎藤さんはそれでいいと言うような穏やかな顔で頷いた。


「水瀬…」

「はい。」

「ありがとう。明日からはいつも通り仲間として、頼む。」

「…はい。」


斎藤さんはそれだけ言うと静かに去って行った。


秋の夜。

風が金木犀の香りを運び、月と星があたし達を見ていた。

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