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虹に届くまで  作者: 爽風
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第四章 10.嫉妬、見えない心:沖田総司

まことがなかなか帰ってこない。

先ほど、飲みすぎたのか涼みに行ったまま宴会部屋から消えたまま戻ってこないのだ。

もう部屋に戻ったのだろうか。

そろそろ宴会もお開きなのだろう。

雑魚寝をしている人以外はほとんど部屋に戻っている。

起きている人は私のほかには永倉さんと、斎藤さんだけだ。


斎藤さんは一人ぼんやりと月を見ながらちびちび杯を傾けていた。


わたしは様子を見に行こうと席を立った。


廊下にでて先に進むと…

私は自分の行動を…

死ぬほど後悔した。


そこには土方さんとまことが口づけを交わしている所だった。

まことは土方さんの腕の中で、羽織をつかんで幸せそうにその口づけに応えていた。




私は瞠目し、一瞬何が起きたか分からず、その場に立ち尽くしてしまった。

そして次の瞬間、胸に鈍痛がじわじわと広がっていく。


なんだ?

これ

二人が?

いつの間に?


私は背を向けて走り去った。

見たくなかった。

こんな光景は。

ただ苦しくて…

苦しくて…

痛かった。




眠れない。

私とまことは相部屋なのだけれど、まだ帰ってきた様子は無い。

まさか土方さんの部屋に居たりするのだろうか?

2人はいつの間にそういう関係になったのだろう?


土方さんか…。

確かに土方さんは役者張りのあの見目だし女子に絶大な人気がある。

島原や祇園からの女の人からの文も絶えないし…

まあ、本人も女子が好きであることに違いないのだけど、どんなに女子と関係を持っても、女子に惚れるとかそういったことは、長い付き合いの中で、たった一人を除いてはいなかったように思う。


お琴さん


土方さんの許婚で、親の決めた仲だったらしいけど、はたから見る限り、二人は確かに心を通わせていたと思う。

二人はすごく幸せそうで、何より土方さんのあんなに優しい眼差しは見たことがなかったから。

当時の私は恋なんて生きる上で何の役にも立たないと思っていたから正直そんな土方さんが理解できない時もあったけど。

二人の間にどんないきさつがあって離ればなれになったのかは詳しくは知らない。

ただ、決して憎くて別れたのではないと思う。

思うに、きっと土方さんは上洛で武士になるのに際して、自分の弱みになりうるもの、愛とか家族とか、優しさとか、そういったものを封印するために、お琴さんをあきらめたんだと思う。

見た目とは裏腹に人にも厳しいけれど、自分にはもっと厳しくて、誰よりも自分の感情を殺して、冷徹になれる人なのに、本当は誰よりも照れ屋で優しい人なのだ。土方さんと言う人は。

それが分かるから、土方さんには人がついてくるし、私自身も一生ついて行く覚悟もあるし、誰よりも幸せになってほしいと思っている。

その事に少しも偽りはない。

だからまことといういささか不思議なことが多いとは言え、凛とした芯の強い女子が土方さんのそばにいることは祝福すべきことなのだ。

そのはずなのに…

受け入れられない。

いざまことが土方さんと恋仲なのだと思うと、ドロドロとしたどす黒いものが心の中に渦巻くのを感じる。

まことが幸せで居てくれるのならば、いいと思っていた。

でもそれは自分が一番まことに近いところにいると

どこかで思って高をくくっていたのではないだろうか。

斎藤さんがまことに惚れていることを知った時、小さな波紋が心を揺らした。

そして今、土方さんとまことが、と思うとそれは確かな波となって心に押し寄せてくる。

これが嫉妬というものなのか。


私は嫉妬している。

土方さんに。

斎藤さんに。

まことの目に映るものに。


まるで狂気だ。

なんで恋なんかしたんだ、私は。

こんなことで自分を見失い、一生ついていく覚悟を決めた人をあまつさえ憎いと思うなんて。

なんて未熟なんだ。

己は。

これが恋の狂気なのか。


私はきつく布団を引きかぶっているのだけど、耳鳴りがしてなかなか眠れない。



シュッ


どれくらい時間がたったのか…

障子が開く音がして目が覚めた。


ガサガサとついたての向こうで物音がする。


まこと、帰ってきたんだ。


「まこと?」

小さく声をかけると息をのむ気配が伝わってくる。

「!

総司、起しちゃった?」

「ううん、起きてた。」


あからさまに動揺している声色。

そんな様子に心がささくれ立つのを感じる。


「こんな時間まで、どこにいたの?」

「飲み過ぎたから酔いを覚まそうと思って道場に居たよ。」

「一人で?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「土方さんと一緒だったんじゃないの?」

「…なんで副長?」


いらいらして、嫉妬して、醜い自分にいら立つ。

まことにこんなこと言う権利はないのに。


「…見たから。」

「…何を?」


まことの声が震えている。

そんなに動揺するなら、何であんなところで口づけなんてするんだよ…!


「あんなところで、やめときなよ。

ほかの隊士が見たら大変なところだったよ。」

「…。」

「…ねえ、まことは土方さんが好きなの?」

「…!」


息をのむ気配。

それだけで肯定したと伝わる。

嫉妬で目の前が赤くなるような気がした。


「今、私たちは新撰組を拝命して…隊士も増え、これからが…大切な時なんだ。

そんなときに、幹部と隊士が恋仲だなんて知ったら…基盤が揺らぐ。

だから…やめてほしい。」


卑怯者!!

自分の嫉妬を棚に上げて隊を持ち出すなんて!

これで二人の仲が違えてしまえばいいと思っている自分がどこかにいた。

こんな風に正論よろしく言って壊そうとするなんて!

私はなんて…!!

私は自分を殺したくなった。


「…ぶ…」

「え?」

「だいじょうぶ、総司が気にしてるようなことは何もないから…だから…心配かけてごめん…」


泣いていると思ってた。

でも声は意外にも小さいけれど落ち着いていて…

なぜか心配になった。


「まこと、ごめん。今のは私心だ。まことにも土方さんにも幸せになってほしいと思っているよ。でも私はまことのことが…「総司」」


私の言葉を静かに、少し苦しそうに笑ってさえぎった。


「あたしは…ここで誰かを好きになることはしない。

だから安心して。

やっぱり総司が言うみたいに、あたしがここに居るためには、しっかりしないといけないから。

あたしは誰も…好きにはならない。

それから総司が見たのは…土方さんが寝ぼけただけで

…土方さんは…何も…覚えてないの。

あたしも不注意だったけど、総司も忘れてほしい。

嫌な思いさせてごめん…なさい。」


まこと、今どんな顔してるの?

まことはゆっくりかみしめるように言った。

本当に?

寝ぼけただけ?

だったら何で…そんなに悲しそうなの?

まこと、笑って…

お願い。


「まこと…?」

「…。」

ついたての向こうからは息を殺しているような雰囲気が伝わってきたけれど返事は帰ってこない。


「ごめん、変なこと聞いて。酷い事いって本当にごめん。」


まことはきっとすべてを殺してここで生きようとしている。

だから、自分も何でもない振りをしなければ。



わたしは布団を引きかぶったけれど、己のふがいなさと罪悪感でなかなか寝付かれなかった。

空はうっすらと白み始めている。



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