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虹に届くまで  作者: 爽風
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第四章 9.恋のち自覚

八月一八日の政変での働きが認められ、それから数日後、壬生浪士組はついに「新撰組」の名前を会津藩から拝命した。


近藤先生がそのことを隊士たちに伝えたとき、あたしは鳥肌が立つのを感じた。

ついに「新撰組」になったんだ。

これからどんなふうに歴史は進んで行くんだっけ?

池田屋事件はいつ起こるんだろう?

芹沢鴨はいつ暗殺されるんだろう?

総司はいつ結核になるんだろう?

あたしは中途半端にしか歴史を知らない。

その時、あたしはどんなふうに行動できるだろう?


ともあれ、そんなわけで今日はその祝賀会として、宴会になったわけなのだけど、みんなは程々って言葉を知らないのかな?

あたしだってそんなに弱いほうじゃないって思ってたけど、みんなの飲みっぷりは正直ハンパない。

水かってくらいぐびぐびいくんだから。


あたしは佐之さんや、平助君と飲み比べをしてしまい、2人はただ今撃沈中。

佐之さんは腹踊りの体勢のままつぶれてしまった。

なんでも昔切腹しかけた傷がお腹にあって「俺の体は金物の味を知ってるんだぜ!」と自慢げに腹踊りを披露してあたしを笑いで悶絶させた。

平助君は何でも、好きな子ができたらしく告白するべきかと悩んでいることをあたしに相談してきた。

どんな子か聞いても恥ずかしがって言わないものだからあたしは得意技の地獄攻めをしかけてようやく聞き出した。どうやらその子は「お春」という町方の娘さんらしい。こんなご時世だからこそみんなが少しでも穏やかに暮らせるといいと思う。

うまくいくといいな。

あたしはほのぼのした気分で聞いていた。



✳︎



ああ、さすがに飲みすぎた…

頭がぐらぐらする。

顔も熱いし…


ふと席を立って周りを見渡すと、

あちこちで死人は出てる。

もう少ししたらみんなに水を配った方がいいだろう。

でも、総司や永倉さん、斎藤さんなんかは顔色一つ変えずにまったりとした雰囲気で飲んでいる。

やっぱり剣が強い人はお酒も強いのかしら。


あたしは宴会部屋を這うようにでると冷たい柱に頭をくっつけて大きく息を吐いた。

夜風が火照った身体にはきもちいい。




ふと横を見ると土方さんも柱にもたれて同じようなかっこうで目を瞑っていた。

顔がかすかに紅潮していて、閉じた瞼を縁取る睫毛は男の人とは思えないくらい長い。

着流しと言う浴衣みたいな着物の首元が少しはだけていて浅い呼吸に合わせて鎖骨が見え隠れする。


うわ、色っぽい…


男の人なのにきれいな顔。

決して女性っぽいってわけじゃないけど、土方さんの寝顔はどこまでも優しくて、普段仏頂面して鬼副長と呼ばれているときとは別人みたい。


夏とはいえ酔っ払ってこんなとこで寝たら風邪をひくと思い、あたしは土方さんの肩を叩いた。着物の上からでも土方さんの肩には剣術で鍛えた筋肉がしっかりとついていることが分かり、あたしはお酒のせいばかりでなく、赤くなった。


「こんなとこで寝ちゃダメですよ。お水持ってきましょうか?」


あたしは何でもないように装って肩を掴んで揺さぶる。


「うーん」


土方さんはうるさそうに唸り、あたしに背中を向ける。あたしは先程よりも少し力強く揺さぶってみる。

と、その時


土方さんがあたしの手を引っ張って床に押し倒した。


「土方さん、ひじ、きゃっ」


ど、

どわ~っ何何何!?

こんなきれいな顔のドアップは犯罪!!!

ああ、やばい、鼻血でそう!


あたしの心拍数はMAXまで上昇する。


さらに、土方さんの整った顔が間近に来た、

と思った瞬間、

あたしの唇は土方さんのそれで覆われていた。



!!!!

キスされてる?!

マジか!

ヤバいっ!!



土方さんは舌はあたしの唇を侵食してきて、あたしはこらえきれずに口を開いた。

「ん…」

それは容赦なくあたしの歯や、唇の裏にその痕跡を残し、あたしの頭の芯まで甘く痺れさせた。

それは優しくて、甘くて泣きたくなるくらいあたしを幸せにさせた。


どうしよう…

あたし…

嫌じゃない。

キスなんてそんなに経験あるわけじゃないのに、なのに嫌じゃない。

あたしは今…

死ぬほど幸せだもの…


永遠みたいに感じられたその時間は終わった。

ふと唇が離れ、あたしは急に現実に引き戻された。

土方さんはうっすらと目を開いた。


おきてた!?


あたしは途端に恥ずかしくなって動揺した。

顔に血が上って行くのを感じた。


とその時


「…こと」


まさか、あたしのこと?


そう言ってごつごつした腕であたしを抱き締めた。


「お琴…」



胸に鈍痛が走り、急速に恥ずかしさとやり切れなさがこみ上げてくる。


なんだ、そういうことか。

あたしだってわかってしてることじゃないんだ。

当たり前じゃん。

お琴という人と間違えているだけなんだ。

なんか馬鹿みたい。

舞い上がっちゃって。




あたしは少し力を込めて土方さんの腕をもぎ離した。

「…あ?…水瀬…?」

土方さんが今度は覚醒して目の前の状況を確認しようとぼんやりしていた。


「土方さん、お酒飲んで寝ちゃったんですよ?」


声が震えるのをどうにか圧し殺して振り絞るように言った。あたし、自分でもびっくりするくらい落胆している。


「…ああ、そうか…。

…水瀬、なんかあったのか?」

「いいえ、別に…何もありません。

泣くな!

笑え!

あたしは無理やり口の端を引き上げた。


「じゃあ、きちんとお部屋で寝てくださいね

それじゃっ!」


あたしはそれ以上平静を装っていられなくてその場を逃げるように立ち去った。

あたしは廊下を速足で歩きながら道場へ向かった。

今ならきっと誰もいない。

視界が揺らいで涙で前が見えなくなる。

あたしは唇をかみしめて声が漏れないように右手で口を覆った。



馬鹿じゃん、あたし。

一人で舞い上がっちゃって…

土方さんがあたしを好きになるわけないじゃん。

たまたま酔っ払って間違ってキスされただけなのに、なんでこんなに動揺してんの?

なんでこんなに辛いの?

土方さんがもてるっていうのはわかってた。

苦み走った大人の男の人で、雪乃さんだけじゃなくて、ほかにもたくさんの女の人がモーションかけてるんだろうなって。

でもどんな女の人から手紙が来ても、どこ吹く風でそっけない感じで、だから安心してたんだ。

土方さんから今まで女の人の名前なんか出てくることなかったのに…

でもいざ、土方さんの口からあんなに優しくて、愛おしそうに女の人の名前を呼ぶのを聞いたら、あたしの胸が悲鳴を上げた。

見たこともないその女の人に嫉妬してる。



あたしは…

土方さんが…


…好きなんだ。



ばかみたい。

こんなときになって気付くなんて。

いつから?

縁側で優しい笑顔を見たときから?

芹沢先生に迫られたときに心配して駆け付けて抱きしめてくれたときから?

ううん、出会ったときから…

否、もしかしたら、

現代の八木邸で、

パンフレットに載っていた土方さんの名前と写真を見つけた

あの瞬間から

あたしは土方さんのことを好きになっていたのかもしれない。

そんな錯覚さえ覚えた。


でも気付いたと同時に既に失恋確定だし。

それ以前にもともとあたしたちの間には150年っていう時間の壁があるんだから。

失恋も何もない。

かなうはずもないんだから。


大丈夫。

明日になればあたしはきっと笑える。

だから…今日だけ…今だけでいい

泣かせてください。

神様。


あたしは月明かりの埃っぽい道場で

嗚咽が漏れないように口を手で押さえて

泣き続けた。


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