第四章 5.嵐の前の静けさ
お梅さんか…
不思議な人…。
あたしはあのあと屯所に戻って、夕ご飯のあとに縁側で今日のお梅さんを思い出してぼんやりしていた。
「まこと、なにぼんやりしてるの?」
「隣いいかな。」
部屋に帰る途中の総司と平助君が通りかかってあたしを挟んで隣に座った。
「あ、総司、平助君、どうぞ。
ねえ、2人は菱屋のお梅さんって知ってる?」
「ああ、芹沢先生の妾でしょ。なんか雌狐みたいな感じの。」
「そのお梅さんがどうかしたの?」
平助君は少し辛口で、総司は興味がないらしく、そんな人もいたかなあくらいの感覚みたい。
二人は同い年なのに与える印象は全然違うのがおかしい。
「今日会ってちょっと話したの。
すっごい憎んでるのにでも、心がその人を求めてるから離れられないなんてそんなことあると思う?」
「なんか難しい話だなあ、私にはよくわからないよ。」
「憎愛って言葉があるくらいだから、憎しみと愛おしい気持ちってどこか似てるってこともあるんじゃないかな?そんなことお梅さんが言ってたの?」
「うん、芹沢先生を憎んでるって。でも離れられないって。」
「ああ、それは芹沢先生とお梅さんの馴れ初めを考えたら当然じゃあないかな。
もともとお梅さんは菱屋のお妾さんで、それを芹沢先生が無理やり自分のお妾さんにしたんだから。」
平助君は苦笑しながら軽蔑したように言う。
「ええ?!そうなの?
お梅さん女房だって言ってたから、てっきり…」
「まあ、あの菱屋を盛りたてたのはお梅さんなわけで、女房としての働きをしてるのは自分だっていう自負があるのさ。本妻を別宅に追いやって隠居みたいにさせてるらしいけど。」
たぶん平助君は恋愛とかにも一途で一本気でまっすぐなんだろう。
だから、お梅さんや芹沢先生の恋が許せないのかもしれない。
「お梅さん、菱屋のご主人がよっぽど好きなんだね。」
それまで黙っていた総司がぽつんとつぶやいた。
「え?」
「だって周りは敵だらけなのに、その人がいるから、その人の役に立ちたいから、がんばってるんでしょう?それってすごく一途で私はすごいと思うけどなあ。」
「でも一方じゃあ、芹沢と浮気してるなんて、俺はちょっと理解できないな。」
「あたしは理解できるかも…」
「え?」
「総司が言うみたいにお梅さんが一番好きなのは菱屋のご主人なんだと思う。だから精一杯虚勢張って頑張ってるけど、辛くてすがりたくなった時にそばにいてくれるのは、もしかしたら芹沢先生だけなのかも。だから無理やり妾にされた芹沢先生と憎くても離れられないんじゃないかな。」
「そんな恋って、なんか辛いな。」
平助君はしみじみ言った。
「うん。」
「でも恋ってうまくいかないことだらけだし、辛いことのほうが多いと思うな。」
珍しく総司もしみじみ言った。
「総司が恋を語るなんてなんか意外なもん見た気がする。総司好きな子でもできた?」
平助君は大きな目を一瞬見開いて、そのあとはからかうように総司を覗き込んだ。
「さあ、どうでしょうね。秘密。」
はぐらかすようにくすくす笑いながら総司はごろんと縁側に寝転がった。
あたしたちはそれぞれ想いを馳せながら心地よい夏の夜風に吹かれて時を過ごした。
心地よい沈黙だったけれどそれが嵐の前の静けさだということをあたしたちは知らなかった。