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虹に届くまで  作者: 爽風
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第一章 2.2010年京都:八木邸

「あー京都だあ。」

東京から新幹線で3時間弱、ようやく京都に到着。

春休みということもあって京都駅はかなり人が多かった。


おじいちゃんとの約束の時間まではまだしばらくある。

今回は京都観光も兼ねてるから、この時間にどっか名所に行こうということになった。


「なあ、俺さあ、壬生の八木邸に行ってみたい。」

とあき兄。

「明は新撰組好きだからなあ。」

とお父さんが破顔しながら言う。

「まあ俺も剣道好きとしては、新撰組は外せないな。」

すー兄も珍しく主張。

「あー、こっからそんなに遠くないみたいだしじいちゃんちにも近いし、行ってもいいんじゃないか。」

携帯で地図を見ながらつー兄が言ったことで八木邸に行くことになった。


歩きながらあき兄のシャツの袖を引っ張った。


「ねえ、しんせんぐみってその八木邸ってとこにいたの?」


あたしは正直歴史には疎いからよく分かんない。

というか興味がない。

だって…終わったことじゃん、って感じ。


「まこは歴史に弱いからな。新撰組は男のロマンだぜ。壬生義士伝とか燃えよ剣とか一回読んでみろよ。興味出てくるから。」


あき兄は呆れたように笑いながら横目であたしに言う。


「あたしだって新撰組くらい知ってるよ。沖田総司とか、近藤勇とかでしょ。」


正直名前と池田屋事件くらいしか知らない。

何をした人たちなのかも全然わからない。


「まあ、新撰組じゃなくても、幕末って時代はすげえよ、佐幕派も、倒幕派もみんなそれぞれ、日本の行く末を考えてその信念のために闘ってたんだからさ。

近藤勇も土方歳三もさ、もとは農民なんだ。

それが誰よりも武士らしく武士道を貫いたんだからかっこいいよな。」


「ふうん」


武士道ねえ、この平和ボケした今の時代に生きるあたしには、正直ぴんとこない話だ。

でもあたしも剣道をやってるから、沖田総司の名前くらいは知ってる。

もっとも新撰組随一の剣豪で結核で死んだ人っていうくらいの知識にすぎないけど。


八木邸の門構はさすがに重厚感があって、どっしりしていて、まるでそこだけ時間が巻き戻ったような空気が流れている。

歴史を感じさせる立派な桜の木からは花びらがはらはらと雪みたいに降り注いでいて、春の柔らかな光に溶けて行く。雅な雰囲気があたりを包んでいる。


…ミナセ…


「えっ?」


不意に誰かに呼び止められた気がして振り返る。

もちろんだれもいなくて先ほどの桜が風にたゆたい、花びらを散らすばかりだ。


あたしは踵を返し先へと進むのだけれど、また妙な感覚に襲われた。


…カエッテキタ…


「あれ?なんだろ…この感じ…なんか…」


「どうした、まこ」

あたしの様子にあき兄が怪訝そうに尋ねる。


「うん?なんか…ここずっと前から知ってる気がしただけ。」


「八木邸は超有名どころだからな。テレビなんかで見たんじゃないか?」


「…うん、そうかも」


還ってきた、そんな既視感が体を廻った。

なんだ、これ?

もちろん何にもあるはずはなく、あたしは首をかしげて邸内に入って行った。


「ほなごゆっくり」


入場料を払い、おばちゃんからパンフを受け取るとゆっくりと邸内を見物して回る。


パンフには新撰組の隊士の名前や年表がずらりと載っていて指でそれをおう。


新選組局長近藤勇…

新選組局長芹沢鴨…

新撰組副長、土方歳三…

一番隊組長沖田総司…

二番隊組長永倉新八…

三番隊組長斎藤一…


…ヤットアエタ…


何??今の。

ひどく懐かしい。


新撰組副長…土方…歳三…


もういちどその名前を指でなぞる。

しめつけられるような痛みが胸に走る。


「…ひじかた…としぞう…」


あたしは無意識にその名前を口に出していた。


「土方歳三はさ、その生き様がすげえんだ。なんていうか、滅びの美学みたいなさ。時流を見てれば幕府が崩れるのは明らかで、たぶん、土方歳三もそれはわかってたんだと思う。でも自分の武士としての信念貫き通したなんてかっこよすぎだろ。」


新撰組マニアのあき兄が熱弁振るってるけど、あたしの耳にはうまく届かない。


だってあたしは知ってるから。

この人を。

見聞きしたとかじゃなく、あたしの心が知ってる。

この切ないくらいに懐かしくて、優しいけれど苦しいこの気持ちは、何…?


「…でさ、ってまこなんで泣いてんの??」


「えっ??」


あき兄に言われて初めて泣いてることに気づく。

あわてて手の項で頬を触ると濡れていた。


「…ほんとだ、なんでだろ。哀しくないのにな、

なんか懐かしくて…。」


哀しくはないのに、なぜか涙が止まらないのだ。


「懐かしいって一回も来たことないだろ?

さっきまで新選組もろくに知らなかった奴が何泣いてンだよ。」


すー兄がびっくりして聞き返す。


そう、確かにそうなんだけど、それ以外にこの気持ちを表す言葉をあたしは知らないんだ。


「ここはまこの心の故郷なのかもなあ。」


お父さんがしみじみと穏やかに言った。


「心の…ふるさと??」


「そうさ、人と人とが結ばれる縁ってのはすごく不思議なもんだろ。

気の遠くなるような偶然の縁の積み重ねで人間は生きてるんだよ。

だから行ったことのない場所に懐かしさを感じてもなんの不思議もないさ。

だから、心の故郷は心が求めてやまない場所、心が還る場所なんだよ。」


「おやじってそんなスピリチュアルだっけ??」


あき兄が茶化すように笑ったけど、あたしは妙に納得してしまった。


心の故郷、心が求めてやまない場所

あたしにとってはそれがここなのだろうか。

今の今まで新撰組なんて興味もなかったのに。


「あたしもしかしたら前世は新撰組にいたのかもね。」

なんとなく笑って茶化した。


「まこ落ち着いたか?」


つー兄があたしの頭にそっと手を載せて言った。

つー兄はいつもこんな感じだ。

決して口数は多くはない。むしろ無口で無愛想。

ただ、優しく見守って、待っててくれる。


つー兄、由紀子さんと結婚するんだな。

幸せになってほしいな。

由紀子さんなら言葉足らずででもあったかいつー兄と温かい家庭を築けるだろう。


あたしはつー兄の婚約者の由紀子さんを思い浮かべてあったかい気持ちになって顔がゆるんでしまった。


「なんだよ」

「なんでもないよ、

さあ、もうおじいちゃんち行こう!時間なくなっちゃう!」


「「「変な奴」」」

三人のはもりを背にあたしは八木邸を後にした。



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