第四章 2.女の命、誇り
「芹沢局長、お待ちくだされ。」
そういったのは土方さんだった。
「土方か。なんだ。わしは今この無礼な女を手打ちにするのじゃ。」
「たかが、女の戯言でしょう。刀の錆にするまでもなきことです。」
「わしはこの女に恥をかかされたのじゃ!!邪魔をするな!土方!!断じて手打ちにする!」
完全に血が上ってる!
やめて!!
こんなバカなこと!
許されていいはずがない!
「局長、無力な女子を斬るは士道にそむきます。
ほかの方法で処断してはいかがか。」
「他とはなんじゃ!」
「髪は女の命と言います。
髪を切らせ、それを罰とするはいかがか。」
土方さんは揺らぐことなく何でもないことのように冷たく言った。
野次馬たちからざわめきと非難の声が上がる。
でもこれが土方さんの精一杯なんだ。
どうにかして罰を加えねば気が済まぬ芹沢を抑えるにはそれ相応の傷を負わねばならない。
顔や体に傷をつけるくらいならと、選んだのが髪なんだ。
雪乃さんも吉乃ちゃんも震え、吉乃ちゃんに至っては泣いていた。
鏡屋の主人が雪乃さんの近くに行ってささやいている。
たぶん「こらえてくれ」ということなんだろう。
「ふん、よし、命ばかりは助けてやろう。
坊主の天神とはとんだ笑い草よのお。
土方、おまえが髪を落とせ。」
「承知。」
土方さんは雪乃さんに近づきその髪に手を触れた。
だめだ。
雪乃さんは土方さんが好きなのに。
あんなに大好きなのに。
ほかの誰にでもなく、土方さんにだけはこんなことされたくないはずなのに!
あたしは総司の拘束を振り切って、人の輪から抜け出た。
体中を熱い怒りが駆け巡る。
こんなことってあるだろうか。
雪乃さんが無礼なら、芹沢のほうがもっと無礼じゃないか!
何で女だけがこんな目に合わなきゃいけないんだ!
武士はそんなに偉いのか?
女をなめんなよ!
「お待ちください!」
「水瀬!さがれ!!」
土方さんの厳しい声。
あたしはそれを無視して地面に膝をつき芹沢に向き直る。
「やめてください。」
「水瀬、わしに意見する気か。」
「天神のことを無礼とおっしゃいましたが、それを言うなら島原の規則を無視しての先生のおふるまいの方が余程無礼にございます。」
「なんだと!このガキが!!」
芹沢は刀をあたしの顔先までつきつける。
だからなんだ!
あたしはまだたき一つせず芹沢を凝視した。
「さがれ!水瀬!!局長に無礼なるぞ!」
土方さんが切羽詰まった厳しい顔であたしに怒鳴る。あたしはその声を無視して芹沢をなお睨み上げた。
斬るなら斬れ!
あたしは開き直りにも似た妙にすがすがしい気分だった。
怖くはない。
ただ、この真っ赤になって震えているこの男に一言言ってやりたい、そんな気分だった。
「先生が日本のために、武士道に殉じて闘っておられるように、女子も闘っています。」
「女子と武士が同じだと!!貴様は武士道をぐろうするつもりか!」
頭の血管が浮き出る程の怒りをあらわにして唾を飛ばして怒鳴る。逆鱗にふれたのだろう。
「男に嫁ぎ、支え、子供を産み育てることも、家族を支えるために春を鬻ぐことも、武士の志と同じくらい尊いことです。
女も大切な人を守るために、命がけで闘っております。
先生だってお母さんが、死ぬ思いで命を賭して生んで育ててくれたからこそ、今ここに居るんです。
それを武士道に劣っているなんて絶対言わせません!」
野次馬の中から小さな拍手に混じって、啜り泣きも聞こえる。
「それでもまだ女の命がほしいと言うなら、」
あたしは脇差しをさやから抜いて
ポニーテールの根元に刃を当て、
躊躇なく引き切った。
髪は何の抵抗もなく切れ、パラパラと幾房も地面に舞い落ちた。
「つまらぬものではありますが、この髪先生に差し上げます。」
髪の束を芹沢の前に差し出し、挑むように笑ってから手をついて下を向く。
そして言った。
「無作法いたしました。
不快だというのならこのまま私を手打ちにしてください。」
あたしは確信していた。
芹沢先生は絶対にあたしを斬らない。
この人はあたしが女だと知っている。
そしてあたしが本気でいつも行動してるのを知っている。
この人は無茶苦茶だけど、武士だ。
無礼なことは許さなくても、こっちからぶつかれば、絶対に斬らないだろう。
あたりは固唾を飲んで成り行きを見守っている。
「ふん、水瀬、おまえの覚悟に免じて許す。」
そう言って芹沢は背を向けて人が道を開けるのを悠々と去って行った。
「「水瀬」」
「「まこと」」
みんなが走り寄ってくる。
みんな真っ青になって狼狽している。
「おまえ、なんてこと…!」
「髪切るなんて…なんだってそこまで…」
珍しく佐之さんや永倉さんまでも動揺している。
総司は黙って羽織をあたしの頭からかけてくれた。
そのときあたしを甘い香りが包んだ。
「勘忍、勘忍な。」
雪乃さんだった。
雪乃さんは泣きながらあたしを抱きしめるととりあえずお茶屋さんの一室に案内してくれた。
「あんた女子やろ?何でなんなことしたん。」
雪乃さんは泣きながらあたしの髪にはさみを入れてざんばら髪を整えてくれている。
「何でって、雪乃さんや吉乃ちゃんのきれいな髪を落としたくないと思っただけで、深い理由はないのです。」
「あんたやって女やろ?」
「でもあたしは男として暮らしてるので、あんまり髪とかそういうのはどうでも良いというか。でも雪乃さんたちにとったら髪って武士で言う刀と同じくらい大切なものだから。
それに…好きな人に女の命を切られるなんて思いさせたくなかったんです。
あたしは雪乃さんの優しいたおやかな美しさに惹かれました。
でも芹沢先生に啖呵きった凛とした美しさはもっと憧れました。同じ女として信じて誇りをもって闘ってる姿は本当に素敵でした。」
「阿呆。うちこそ、あんたが芹沢はんに家族を守るために春を鬻ぐ女も武士の志と同じく尊いと言ってくれた時、ホンマに嬉しかったで。
うちらはどこまでいっても女郎や。でもみんな家族を守るために売られてきて、なのに蔑まれて、誰も苦しみを分かってくれんて思てたけど、あんたの言葉に救われた。さっき聞いてたここいら辺の女子らはみんなあんたの言葉に救われたと思うで。」
そう言って泣きながらあたしを抱きしめた。
雪乃さんからは優しくて泣きたくなるくらいせつない甘い恋の香りがした。