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虹に届くまで  作者: 爽風
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第三章 7.女というもの:土方歳三

まったく辛気くせえ。

水瀬の奴、いつまでしょぼくれてやがる。


総司が怪我をしたのを自分のせいと思い込んでいるのだろう。

実際あいつが逃げていれば怪我をしなかっただろうが、初めてああいう斬り合いの現場に遭遇した奴は腰を抜かして動けなくなることも多い。

あいつに限った事ではない。

ただ総司があいつのために刀を置いてまで守ろうとしたことには正直驚きを隠せなかった。

女一人のためにそんなことをすりゃあ、いざという時揺らぐ場面が出てくるだろう。

それだけは避けねばならなかった。


「水瀬君も剣術が使えても、やはり女子だったんだなあ。」


勝っちゃんが安心したように言っていたが、おれもその事実にどこかホッとした。

俺らはあいつが女だということをつい忘れてしまうが。

こないだ芹沢とのひと悶着あった時も、自分の首に脇差しを押し当ててみせたことにはさすがに度肝を抜かれたし、更に何でそんなことをしたのか聞いても「なんとなく、ただとっさのことであまり深く考えていなかった」とひょうひょうと答えたあいつは、思考が読めなくて得体の知れぬ生き物で気味の悪ささえ感じた。

自分の理解の根本を揺らがされるようなそんな気分にさせられた。

こいつは女なはずなのに、おれが知っている女とは根本的に違う。

俺が知っている女って生き物は、良くも悪くも自身のことを知り尽くしていて、どうすれば自分に有利に見えるか知っている。すべてが曲線で構成された華奢な体や壊れそうな小さな顔なんかは儚くて守ってやりたいとさえ思うのに、びっくりするくらい強かで、駆け引きなんかがそこらの幕臣なんかよりずっとうまい、なんていうか生臭い生き物だ。

そのやり取りが刺激的で、女と体を重ねているときは、身体の欲もさることながらそういう偽りも含めて楽しむことができる、女ってのは俺にとってそういう存在だ。

勝ちゃんなんかは、なんていうか単純というかお人よしだから、女を儚くて弱いだけだと思っているらしいが、何のことはない、女ってのは男よりもよっぽど強靭でしたたかな生き物だぜ。


ただ水瀬に限っては俺の知っている女とは一味もふた味も違う。

まず男の格好をしているなんて常識ではありえないし、なにより女臭さが微塵もねえ。

度胸も潔さも並みの男以上だった。

そんなあいつが見せた初めての脆さがこの前の総司の怪我の場面だったろう。

たぶんあいつは人が斬られるのを、人が斬るのを、初めて見てそれに動揺したんだ。

まあ仕方ないことだ。

浮世離れしているとはいえ、女が斬り合いに全く動揺しなかったらそれはそれで引く。

あいつが俺らを人斬りと思い、怖いと思うなら隊を抜けさせるまでだ。

あいつもやっぱりただの女だったってことだろう。

それはまあ、残念ではあるものの、心のどこかでホッとする部分がある。

勝ちゃんが言った「女だったんだなあ」にホッとするのはそういう理由からだ。


今日偶然縁側を通りかかったらあいつが丸まって眠っていた。

眠りながらも泣いているあいつを見たら、なぜか胸の奥が疼いてせつない気分になった。

こいつを見るときなにか忘れていた大切なものを思い出せるような、心の琴線に触れるのだ。

俺はそっと自分の羽織を脱ぎ水瀬の肩にかけた。

水瀬は「帰りたい…」と寝言でつぶやいた。

俺は水瀬の頭にそっと手をのせた。

あいつの髪は絹糸みたいに細くて柔らかく手に吸いつくようになじむ。

水瀬のつむった目から涙がこぼれおちた。

俺はなんだか落ち着かない気分になって、思わず「泣くな」とつぶやいた。

自分でも腹が立つくらい声がかすれていて、誰に見られたわけでもないのになぜか恥ずかしくなった。


辛気くせえ。

柄にもねえな。

俺にはこういう役は似合わねえ。


こういうのは人望の厚い山南さんが似合う。

俺は山南さんに水瀬の様子を見に行ってくれと頼むと、山南さんは「土方君が私に頼みごととは珍しいね。」とらしくもなく俺をからかいながら去って行った。

食えねえ奴だぜ。

あの人は学者肌で武士じゃねえ、

おれとは根本的なところで相いれない人だとは思っているが、別に嫌っているわけじゃない。

嫌われ役なんざ、おれ一人で十分だってことだ。



あいつどうしてるかな。

夕飯の時は割かしすっきりした顔でいやがったが、山南さんがうまくやったんだろう。

あの人が適任だったってことだろう。


部屋に帰ってから見るともなしに書類に目を通していると、ふすまの外に人の気配がした。

「土方副長、水瀬です。よろしいですか。」

「はいれ。」

ふすまが開くと、水瀬が茶と何かを持って入ってくるのが見えた。

「お茶をお持ちしました。」

「おう。そこ置いといてくれ。」

「副長、あの…」

「なんだ?」

こいつといるとなんだか落ち着かない。

懐かしいようなせつないようなそんな気分にさせられる。

「羽織、ありがとうございました。」

「なんのことだ?」

おれは何でもないことのように装うが内心はおかしいくらい動揺していた。

「山南さんからこれは副長のだと教えていただいたんで。」

ち、山南さんめ、余計なことしやがる。

「ありがとうございました。

それから、ご心配おかけしてすみません。」

「ふん、まあ、これからは辛気くせえ顔すんじゃねえぞ。

おめえはわらってりゃいいんだ。」

「はい!」

花が咲いたようにぱっと笑って水瀬は元気に返事をした。

こいつはいろんな表情をする。

まっすぐな一点の曇りもないような凛とした武士みたいな顔したかと思えば

こんな風に無邪気な子供みたいな笑顔を見せる。

まったくよくわからねえ女だ。

「では、失礼いたしました。」

「おう。」

水瀬は一礼して去って行った。


ちくしょう。

なんで女一人にここまで俺様が動揺させられるんだ。

俺は水瀬にかけてやった羽織を引き寄せると、羽織からはかすかに女の甘い香りがして俺を落ち着かせなくさせた。


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