第三章 6.自覚:斎藤一
言いすぎた。
水瀬を前にするとどうも傷つける物言いしかできぬ。
水瀬は沖田さんに怪我を負わせたことを気に病んでいたのだ。
それに対してなぜあんな言い方しかできなかったのだ。
もともと他人と関わるのは苦手だが、もっと別の言い方があったのではないか。
あんなに責め立てるような言い方をせんでも良かった筈なのに。
あの夜の道場で会った日以来水瀬は目に見えて元気がない。
話しかけられれば笑顔で応じるものの、一人でいるときなどは、沈んでぼんやりしていることが多い。
どうしたものか。
俺はため息をひとつついた。
今日の夕餉は水瀬が作ったものだ。
水瀬は江戸の出なのか、味付けが俺の舌に合っている。まだ満足に給金の出ない浪士組の台所事情を汲み取って倹しいながらも食べ応えのある料理を工夫しているようで、水瀬が来てから格段に飯が美味く、楽しみになったことは事実だ。
夕餉の給仕をしている水瀬はくるくるとせわしなく動き回っている。
「水瀬~飯のおかわりくれ~」
「あ、こっちは味噌汁~」
「あ、おれも。」
あちこちからおかわりの催促だ。
「はいは~い、ただ今。」
それらに嫌な顔一つ見せずに対応する水瀬は男装してはいるものの、やはり年頃の女子なのだと思う。
なぜだろう、今日の水瀬はつきものが落ちたようにすっきりしている。
水瀬の笑顔は輝くようで、思わず箸を止め、それに見入る。
ふとこちらを見た水瀬と目が合い、おれは慌てて目をそらす。
こんなことをしているから水瀬を傷つけるのだ。
性懲りもなく同じことを繰り返す自分に腹が立った。
夕餉を終え、大部屋を出ようとしたとき、後ろから声をかけられた。
「斎藤さん」
振り返るとそこには水瀬がいた。
「なんだ。」
俺は何でもない風に装っていたが、改めて直視されると正直鼓動が速くなるのを感じた。
水瀬がここにきてから一カ月近くがたつが、こんな風に会話をするのは初めてではないだろうか。
「あの、ありがとうございました。」
「何のことだ。」
礼を言われるいわれはない。
水瀬は真剣な目をして話し出す。
「芹沢先生とのこと、見ていてくださったそうで。お礼遅くなってすみません。
それから、この間道場で斎藤さんがおっしゃってたこと、ずっと考えてたんです。
斎藤さんがおっしゃるようにあたしはやっぱり甘えてるんです。
何の覚悟もなくて、ただ足手まといにしかなれない自分がふがいなくて、ぐぢぐぢ悩むことしか出来ませんでした。
でも、いろいろ考えても、やっぱりあたしはここが好きで、ここに居たいんです。
それが単なる我儘だと言うことはわかっています。
だから、自分のできることと、できないことをきちんとわきまえて、できることを増やしていこうと思うんです。
あの時斎藤さんの言葉がなかったら、きっとそんな風には思えなかったので。
だからありがとうございます。」
水瀬は一気に言うと最後に輝くような満面の笑みでぺこりと頭を下げた。
その拍子に結わえた髪がさらりと流れ落ち、白い首筋が目に入り、俺は慌てて目をそらした。
俺はなんだか落ち着かない気分になり、何も言えない。
「水瀬…おまえが思っているほど甘い道のりではないぞ。」
ちがう。
こんなことが言いたいのではない。
なぜこんなことしか言えぬ。
自分が歯がゆかった。
「!」
水瀬は形のよい瞳を一瞬見開いた。
また傷つけたか。
「なんだ。」
「初めて…」
「え?」
「斎藤さん、初めて私の名前呼んでくれましたね。
自分が甘ったれなのは承知の上です。でも私ここが好きですから、できる限り頑張ってみたいんです。
なので、ご指導よろしくお願いします!」
ぱっと花が咲いたような無邪気な笑顔に顔が熱くなるのを感じた。
”好きですから”
なぜかその言葉にこそばゆい気分になる。
「勝手にすればよい。
話はそれだけか?俺は部屋に戻る。」
俺はそれ以上水瀬と対峙することができずに背を向けた。
「お時間とらせまして申しわけありません。
ありがとうございました。」
背中にかけられる水瀬の声には返さず、おれは足早に自室に戻った。
ちくしょう。
何なんだ、この気持は。
何なんだ、あの女は。
未熟者。
なんな女一人に動揺してどうする。
俺はたぶん水瀬真実という人間に、興味を持っているのだ。
およそ女子らしからぬ行動と服装で、これまでの女というものの理解の範疇を超えているから、自分の得体の知れぬものへの苛立ちなのだ。
だが心のどこかでは俺はこの気持が何なのか気付いている。
ただ認めるわけにはいかぬ。
断じて、このように揺らぐわけにはいかぬのだ。