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虹に届くまで  作者: 爽風
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第三章 4.甘え・剣を持つということ

日はすっかり落ちて風が出始め、肌寒くなってきた。


始めに動いたのは土方さんだった。


「馬鹿野郎!」


パシ


総司の頬が乾いた音を発する。

土方さんは総司を平手打ちしたのだ。


「それが一番隊組長のすることか。おめえの行動は一歩間違えば浪士組の名前に泥を塗るところだったんだぞ。剣士が剣を放すときは死ぬときだけだ。次にそんなふざけたまねをしてみろ、切腹させるかな。」


何の感情もこもらない冷え切った声だった。


「…すみません、副長。」


総司は目を伏せてつぶやいた。


違うんです。

あたしのせいなんです。


あたしは舌が喉に張り付いたようになって声すら出せない。

喉の奥に砂を詰められたような息苦しさ。


土方さんはあたしを一瞥すると何も言わずに背を向けて一言


「帰るぞ。」


と言っただけだった。


総司があたしの背中をポンとたたき「行くよ」と言った。


あたしは何も言うことができずただうつむくことしかできなかった。

遠かった。

総司も。土方さんも。


あたし、最低だ。

あたしのせいで総司に怪我させて、もうちょっとで殺されるところだった。

何にもできないなら逃げればいいのに、それすらしないで…

ただ突っ立ってるだけなんて。

ふがいない。

みんながいくら優しくしてくれたって…

あたしはお荷物でしかなくて…

ここでは異分子でしかない。

甘えてたんだ。

どこかで。

この時代で気を抜けば殺される。

みんなが毎日怪我して、返り血を浴びて帰ってくるのを見てどんなに外が危険か分かってた筈なのに。

そんなのわかりきってたはずなのに。

みんなの優しさに甘えていい気になってたんだ。

泣きたい。

でも泣けない。

ふがいなかった。

何もできない自分がただふがいなくて、どうしようもないくらい腹立たしくて、ただ手を握りしめて俯くしかできなかった。





屯所に戻るとみんなが心配してくれていたけれど、今のあたしにはそれも申し訳なさ過ぎて辛かった。

総司も土方さんも何も言わない。

だれかあたしを罰してほしい。

総司の怪我はそんなに深いものはなかった。

けれどさすがに気を張っていたのか、手当てをするとすぐに眠ってしまった。


あたしはここにいるだけで歴史を変えてしまう。

あたしは何のためにここにいるの?

泣くなんてできない。

泣いたって何も変わらないもの。


眠れない…

目を閉じれば瞼の裏が赤くてむせ返るような血の匂いがよみがえってくる。

人が死ぬ。

人を殺す。

怖かった。

でも一瞬でも総司を怖いと思ってしまった自分が恥ずかしい。


だめだ、目が冴えて眠れない。


あたしは布団を出ると、総司にもらった竹刀を手に取り、そっと部屋に出た。


道場借りて素振りをしよう。

こんなもやもやしたままじゃどうしようもない。


夜の空気はひんやりしていて少し寒い。

あたしは下ろしたままの髪を低い位置で結んで道場に一礼して敷居をまたいだ。

この道場は、おじいちゃんちの道場に似ている。

この空気が。

道場の埃っぽい臭いをかいだ瞬間に不意に家族の顔が思い浮かんだ。


帰りたい…

帰りたい…!!


おじいちゃん、あたしここにいていいのかな。

何にもできない、みんなに迷惑かけるだけなのに…


あたしは泣きそうになって唇をきつくかみしめた。

泣いちゃ、だめ。

泣くことで自分をすっきりさせるくらいなら、

事実を受け止め、この罪悪感抱えていけ。


あたしは顔をあげ、竹刀を握りなおした。


びゅっ

びゅっ


腕がしびれても素振りをやめない、やめたくなかった。

竹刀が闇を斬り裂く、

ふがいない弱虫のあたしの心も斬ってくれればいいのに!


どれくらい時間がたったのか、もう腕の感覚はほとんどない。

ただ息が上がって、額に汗が伝った。

その時、道場の扉が開いた。

「なにしてる。」

声のほうを振り向くとそこには斎藤さんが立っていた。

「斎藤さん…」

斎藤さんは切れ長の瞳に何の感情も宿していない。

「そんなに素振りをしたところで、おまえに人は斬れんだろう。

その覚悟もないのに、この道場に入るな。道場がけがれる。」

「…!」

あたしは何も言えない。

だってそれはぐうの音も出ないくらいの正論。

あたしは何も言えずうつむくことしかできない。


「おれたちの剣はおまえの剣のような遊びの剣じゃない。

人を斬るための剣だ。

人を傷つけ、人を殺し、また自分もそれにやられる、その覚悟のない者にここに入る資格はない。

逃げることもできずに仲間を傷つけることしかできない甘ったれが竹刀なんぞ持つな。

身の程をわきまえろ。」

「…」

斎藤さんの言葉はすべて的を射ていてあたしにグサグサ突き刺さる。

心が痛い。

喉の奥に無理やり砂を詰め込まれているようで、苦しくて息もできない。

このまま消えてしまいたいとさえ思う。


斎藤さんはそのままくるりと背を向けて道場を後にした。


後には静寂、

ただ冷たい空気が汗をひかせ、寒いくらいだった。

今自分が竹刀を持っていることさえもなんだか滑稽でしらじらしく感じる。


馬鹿みたい…

あたし…

なにしてんだろ…

何の覚悟もないくせに…


あたしは立っていられなくてその場にしゃがみ込み瞼をきつく膝に押し付けた。


泣きたい

でも泣けない

あたしには

泣く資格もないから…


唇をきつくかみしめると

かすかに血の味がした。


夜は長い…

あたしには永遠に朝は来ない気がした。

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