第三章 3.夕焼けと剣と血と
あたしたちは道を急いだ。
随分と日が陰ってきている。
屯所までもう少しと言うところで、橋に差し掛かった。
橋の上には数人の侍。
「まこと、たぶんあの髷の結い方は長州の連中だ。今はこちらは無勢だから、
関わらないほうがいい。もし、危なくなったら走って屯所まで逃げるんだ。道は大丈夫だろ。いいね?」
「う、うん。」
長州は新撰組にとって敵なんだ。
でも総司一人でこの人数をどうするつもりなのか。
とにかく怪しまれなければいいんだ。
あたしたちは橋で侍たちとすれ違った。
とその時。
ヒュッ
ガキャ
風を切る音がしたと思ったら、
総司があたしの後ろで一人の侍の剣を受けていた。
もとは紺色なのかもしれないけど、洗いざらして色の薄くなった着物を着ている総髪の侍だ。
「怪しい奴、おまえら何者だ。」
高飛車で高圧的。いかにもチンピラ風に尋ねてくる。
「さあ、いきなり人を切りつけるような人に名乗る名はありませんね。」
総司が一分の揺らぎもなく冷たく言い放つと、
男がふと視界から消えた。
と思う間もなく空が朱に染まった。
総司が
その男を
斬った…。
そう気付く頃には男は、すでに息をしていなかった。
男からは、否、先ほどまで男であったものからは血が噴水みたいに吹き出し紺色の着物がみるみるうちに黒く染まっていく。
総司は眉ひとつ動かさないで、視線をその男の仲間に向けた。
紅い…
人の血はこんなにも紅いのか。
あたしは瞠目したまま息もできずにただ橋の渡木の隙間から河に滴り落ちていくであろう男の血を凝視したままであった。
怖い…
ただそう思った。
ダレガ?
わからない
ナニヲ?
わからない
人を斬る総司のことが怖いのか
こんなに赤い血が怖いのか
自分でもよくわからなかった。
ただ怖かった。
あたしはすこしも動くことができずにただ朱に染まる光景を見ることしかできなかった。
何もかもだ遠い。
これは何?
こんなの知らない。
映画の殺陣みたいに金属が重なる音がしていて、あたしはぼんやりと遠くで聞きながらあたしは何も考えることができなかった。
目の前では総司が3人の男と闘っている。
いくら総司でもこれは無理なんじゃないだろうか。
あたしも何かしなきゃ、
なんだっけ…?
そう、逃げないと。
逃げて、助けを呼ばないと。
そう思うのにできない。
足が地面に張り付いて少しも動けないのだ。
「おめえ動くんじゃねえ。」
その時、ぼんやりしていたあたしの首筋に刀が当てられた。
!
しまった。
こんなにぼんやりして、逃げ出すこともしないで、
あたしは馬鹿だ!
昨日手当てしたばかりの包帯の上あたりに真一文字に刀が当てられ、その冷たさに鳥肌が立った。
「まこと!」
一瞬こちらに注意を向けた総司。
不逞浪士のリーダー格の男がその一瞬を見逃さず総司に斬りつけた。
総司はかろうじて体をひねってその剣をよけるけど、腕をかすめ、総司の朽ち葉色の着物が血で赤く染まっていく。
「総司!」
あたしは前に駆けだそうとして、腕を後ろにひかれ、
首に刃が押し付けられる。
「このガキの命が惜しけりゃ刀を捨てな。」
こんな時の決まり文句を言う男がにくらしい。
でもこんな状況を作った自分はもっと腹が立つ。
畜生!!
総司は刀を捨てた。
「やめて!
お願いだから!!!」
リーダーの男はかなりの剣の使い手だ。
ひゅっと風を斬る音。
総司はギリギリのところでよけるけど着物の裾をそいつの剣が斬り裂く。
相手は3人
いつまでもこんなことが続けられるはずがない。
総司が死んじゃう。
あたしのせいで。
あたしはもがくけど腕をしっかりからめ捕られてて首にあたる刃が食い込むだけだ。
やめて、やめてよ。
と、そのときだった。
ふとあたしの拘束が緩んだ。
驚いて振り返ると
あたしを拘束していた男は後ろに倒れていき、河に落ちていった。
そこには黒い羽織を着て
厳しい鬼のような形相をした
土方さんが立っていた。
その瞬間に総司は落ちていた剣を拾い
リーダー以外の浪士2人を切り捨てる。
リーダーは総司の剣を受け流した、と思ったら
ぞくりとするような不吉な笑みを浮かべて
身をひるがえし
川へと
何のためらいもなく
飛び込んだ。
「!!」
水音の後は、ただ静寂だけが
あたりを満たしていた。