第三章 2.得手不得手、恋バナ??
京の町は華やかだ。
街ゆく人もどこか優雅で、ゆったりとした流れの中にいるように見える。
新撰組の屯所から少し歩いたところに総司行きつけの甘味屋さんはあった。
ここのみたらし団子は絶品!と絶賛するので、あたしは2本、総司はなんと5本(!)頼んでお茶と一緒にいただいた。
実際甘すぎず、辛すぎず、餡のとろみもほどよくて、すごくおいしかった。
もぐもぐリスみたいにお団子を頬張って総司は目を細めて聞いた。
「おいしいでしょう?」
「うん!!すごく。」
「よかった、まことが笑ってくれて。
今朝のことで…本当にごめん。」
「そんなこと…そりゃあ、確かにちょっとは驚いたけど、あたしたち友達なんだし、いつまでも気にするわけないじゃん。」
「…そっか。」
「そうだよ。」
総司は口の端を引き上げて少し伏し目がちに笑った。
おいしいみたらし団子を堪能してお店をでると少し日が傾いて風が出てきた。
川沿いを他愛もない話をしながら歩いていたのだけれど
ふと沈黙が訪れ、あたしは総司の少し後ろを歩きながらその背中を見つめた。
総司は背が高くて、でもがっしりと言うよりはひょろっとしている。
髪は月代を剃っているけれど、後ろからおくれ毛が数本首にかかっている。
首の筋なんかを見ると、細いけれどやっぱり男の子なのだなあと思う。
総司、首の後ろに黒子あるんだ。
そんなとりとめもないことを何ともなしに考えていると、
突然総司が立ち止った。
「わっぷ!!」
あたしはとっさのことに立ち止れず総司の背中に顔をぶつける。
「なになに、突然止まんないで「あのさ、」」
鼻をさすりながら苦情を言いかけたあたしをさえぎって、総司が意を決したように言った。
「なに?」
「まことは、もしかしたら、誰かと結婚してたりするのかもしれないよね?」
「え?」
「だってだし、普通ならお嫁に行ったりする年頃だろ?記憶がないだけで、もしかしたら、まことのことを探してる人がいるのかもしれないなと思ったんだ。
まことにとって大事な人がいるのなら、記憶がないとは言え、こんな男所帯で暮らしているのを良くは思わないんじゃないかと思ったんだ。」
そうか、あたしは記憶喪失ってことになってるし、
この時代ではあたしくらいならとっくに誰かに嫁いでもおかしくないんだ。
この時代の人は15,6で結婚なんてざらにいる、
二十歳にもなれば完全に生き遅れなんだろう。
でも21世紀に生きていたあたしには正直その感覚わかんないわけで…
どういえばいいのかな?
そもそも、なんで総司はこんなこと聞こうと思ったんだろ?
「ん…と、よくわかんないけど、そう言う人はいないような気がする。
あたし、このとおり、剣道、えと剣術とかもやってたみたいだし、すぐ手が出るし、そんな跳ねっ返りきっと貰い手なんてなかったはずだよ。」
あたしはなんとなく笑って答えた。
「そんなことない。」
「え?」
総司が振り返る。
表情は逆光になってて見えないけれど、声は真剣だった。
「まことはそんな風に自分を卑下する必要なんて全然ないよ。
まことはまことだから、ただそれだけでいいんだよ。」
「あ、ありがとう。そんな力説してくれなくても大丈夫よ。」
自慢じゃないけど、恋愛経験は皆無だ。
でも、そんなあたしも、この総司の感じはなんとなく、恋に発展しそうな直前みたいな、
危ういバランスの下に成り立っている状況だということに気がついていた。
正直あたしは恋愛が苦手だ。
高校時代にちょこっと付き合った人はいたにはいた。
剣道部の先輩で、なんとなくカッコいいなと思っていたら、
向こうもそう思っていてくれたらしくて告白されて、うれしくて付き合いだした。
一緒に帰ったり、デートしたり、初めはそういうのがうれしかったりもしたけれど、
だんだんそういうのが儀礼的なものに感じて、
付き合っているんだから手をつながなきゃ、キスしなきゃ、とか
「好き」って言わなきゃ、とか
彼女なんだから、こうしなきゃ、とか
そういう変な芝居みたいなのが恥ずかしいというか、だんだん負担に感じてきた。
彼自身は理想のカップル像にしようといろいろ努力してくれたと思うけど。
今思えば彼もあたしも恋に恋した、みたいなありきたりな状態に陥ったのかもしれない、
疑似恋愛に高揚していることに満足しているみたいな。
そんな感じで、会っていてもあまり話さない、とか、そんな状態が続いて、
ああ、終わるんだろうな
って言うのがどこか人ごとみたいに感じられた。
だから彼から別れを告げられてもあまり哀しいと思わなかった
どちらが切りだすか様子見みたいな感じだったし。
来るべき時が来たか、みたいな。
「もうおれら付き合っていても意味ないよ、わかれよ」
とこれまたありきたりに告げられた。
別れ自体には傷つかなかったけれどそのあとの彼の言葉には結構傷ついた。
「まことってさ、付き合ってみると全然楽しくないよ。女のくせに中身全然女らしくないし。」
確かにその通りだと思う。
ただ彼女としての女らしさとかそういう一般的なものがあたしには理解できなくて…
どうして友達みたいなんじゃダメなんだろう。
なんで彼氏になったからこうしなきゃ、ああしなきゃ、ってなるんだろう。
とまあ、あたしの唯一の恋愛、と呼んでいいかもわからないくらいの経験。
恋なんてよくわからない。
唯一そうかなって思ったものは苦い想い出だし。
あたしはみんながするような恋なんてできないんじゃないかと思っているし、
正直それもしょうがないかなあともおもう。
だって人には得手不得手があるもので、あたしはたぶん恋する能力が欠けているのだろう。
あたしはこの微妙な、くすぐったいような雰囲気を卑怯だと思いながらも、笑ってごまかした。
「あはは、ありがとう。行き遅れの心配してくれたんだ。
でももしあたしでもいいっていってくれる人がいてくれれば、きっとお嫁にいくだろうし、いなけりゃどうしようもないし。こればっかりは自分の力だけじゃなんともなんないから。」
あたしは総司がなんか一生懸命になってるのが可愛くて、笑ってしまった。こんな表情をする総司は年よりも幼く見える。
「もし…」
「え?」
「もしそう言う人がいなかったら私が貰ってあげるから心配しなくてもいい。」
「は?」
総司はくすくす笑いながら冗談とも本気ともつかない笑みを浮かべて言った。
「だから、も・し!」
これって遠回しなプロポーズ?
でも、総司も流してくれてよかった。
この微妙な空気を突き詰めて考えるのは正直めんどくさいし、今のあたしにその余力はないもの。
「ふふふ、総司は女の子嫌いなんじゃなかったの?
でもありがとう。
もしあたしに嫁の貰い手が現れなかったら頼むわ。」
あたしは未来の人間なのだから総司と結婚するなんで絶対にありえない。
だってあたしが生まれたときにはとっくに死んで歴史上の人物になってる人なんだから。
決して来ない未来だということはわかりきっているけど、総司の気遣いは素直に嬉しかった。
「私はおなごは苦手だよ。」
「でもあたし女だよ?」
「違う。
まことはまことだから。
だからいいんだよ。」
「…!……うん。」
あたしはあたしだから…いい。
なんか不覚にもドキドキしてしまった。
なんかずるい。
あたしの一番弱いとこ突くんだから。
女らしさとかそういうんじゃなくて、あたし自身を見てくれる、そのことが今は死ぬほどうれしい。
夕日があたしたちの背中を暖め、影を長くしていた。
「急ごう。」
「うん。」