第一章 1.水瀬家の朝
水瀬家の朝…それはまさに戦場。
「つー兄!あき兄!すー兄!
何回起きろって言わせんの!!
いい加減の起きて!!!!」
扉を蹴破る勢いで8畳のつー兄の部屋に乗り込む。
昨日の夜は3人仲良くつー兄の部屋で寝たらしく、ガタイのいい男3人が雑魚寝している様はむさくるしいことこの上ない。
「「「んーもうちょっと」」」
(三人そろって同じ反応しやがる…)
「はもるな!!!そしていい加減に起きろ!!!」
あきにいが抱きついていた掛け布団をひきはがして床に蹴落とし、
寝ぼけて抱きついてきたすーにいには背負いをかける。
つーにいに腕ひしぎ十字固めをかける。
そこでようやく3人とも目を開けるのだ。
「「「もっと優しく起こせよ」」」
「地球が爆発してもあんたたちは起きないでしょ!!!!
そんななら寝たいのなら永遠に起きなくてもいいようにしてあげようか?!」
指をパキパキ鳴らしながらジト目で奴らを睨む。
勘違いしてはいけない。
これは決してあたしが乱暴なのではなく、寝汚い兄達のなせる技なのだ。
水瀬家ではごく普通の朝の光景。
しかも毎朝。
寝起きの悪いこの人たちはあたしの兄たち。
長男:水瀬司(28)医者。この秋結婚予定、口数は少なくクールに見られがちだが、実は何も考えていない。
二男:水瀬明(26)警察官。人懐っこい爽やか青年に見られるが、実は毒舌で腹黒。
三男:水瀬昴(23)大学院生。剣道馬鹿で筋肉馬鹿。おそらく脳みそも筋肉でできている。以上。
そしてあたし水瀬真実(20)「真実」と書いて読み方は「まこと」。
お腹の中では男の子だと思われていたらしいのだか、いざ出て来てみたら女の子で両親共に慌てたものの、ギリギリこの名前でいけるっしょ!っとなった、なんだか力の抜ける誕生だ。
現在都内の大学に通う花の女子大生…。とは残念ながらとても言い難い。
この名前のせいなのか、この女子の育成にとって劣悪な環境のせいなのか、性格は友達いわく「男前」。これにつきるらしい。
それもそのはず、3歳のころから3人の兄とともに柔道と剣道を習ってきて、近所の道場の高齢の師範のかわりに師範代を務めるまでに腕をあげた。
もちろんそれに仁義なき兄弟げんかが一役買っていることはどう遠慮しても否めないだろう。
ふつう末っ子の女の子なんてお姫様のようにかわいがられるもんじゃないないのか、と思うが世の中はそんなに甘くない…
プリン一つでさながら柔道の試合のような喧嘩を繰り広げるような環境で育って来たのだ。
まさに弱肉強食!!
これで強くならない方がおかしいというもの。
そして極めつけは…
半開きのドアから顔をのぞかせるおでこの砂漠化が進んだ中年男性。
風呂上がりに、アメリカ直輸入という怪しげな育毛剤で緑化運動を推進している姿は涙を誘うばかりだ。
「いやあ、みんな朝から元気がいいな。
はやく朝飯食わないと新幹線に遅れちゃうぞ。
あ、まこ、お父さん鞍馬亭のおしんこがないと朝は調子でないんだ。
切ってくれるか??」
この惨状を見て、なおマイペースにおしんこの心配をするこの人はあたしのお父さん。
天然。マイペース。
じと目で呆れているあたしをしり目ににこにこしている。
仮に明日アフリカ大陸が爆発したとしても、呑気に朝ごはんの心配をしているのだろう。
一応優秀な外科医なはずなのに時折それは出まかせなのではないかと思ってしまう。
「あー、まこのせいで首いてえ。朝飯食えねえわ。」
「あ、おれおしんこじゃなくてカツ丼がいい。カツ丼ー」
「カツ丼より牛丼じゃね?」
次々とボケ(本人たちに自覚はないだろうけど)続ける兄×3。
「朝っぱらからぼけんな!かつ丼も牛丼もない!!!!早く朝ごはん食べて行くっつってんの!!!」
「若いって言うのはいいな。父さんはそんなにがっつり食べられないよ。」
「お父さんも混ぜっかえさないで!!」
この父にしてこの息子たちあり。
3人の兄も総じてマイペース。
なまじスタイルや顔だけ見れば、なかなか3人ともイケメンなわけで、それがまたたちが悪いのだ。
女の人たちがほっといても寄ってくるし、三人とは似てないあたしは巻き込まれて修羅場に巻き込まれたことも一度や二度ではない。
こんなすちゃらかな兄たちだけど、なぜか憎めなのは彼らの人徳だろうか。
あたしはといえば、5歳のころに事故で死んだお母さんに顔も性格も似ているらしく、お父さんやつー兄なんかはあたしが怒るたびに、今だにお母さんに怒られたような気分になるという。
切れ長の奥二重はともすると「怒ってる」と思われがちで…コンプレックスだし、どちらかと言うと中性的かつ平面的な顔であまり特徴はない。10人いれば4、5人はクールビューティだねとお世辞を言ってお茶を濁されるタイプの顔だ。
せめて髪の毛だけは女らしくと思い、肩より少し長めに伸ばしている。ホントは茶髪にして、パーマをかけたいところだけど、それだけはお父さんが許さない。
一度茶髪にしたいと言ったら「剣の道を進むものがチャラチャラするんじゃない!」とどやされた。
普段はへらへらしてるくせに、そういうことは厳しいんだから嫌になってしまう。
いつものようにあわただしい朝。
でも今日は少し違う。
つー兄が婚約したのを京都に住む母方のおばあちゃんに報告しに行くのだ。
こんな風に家族そろってなんてもうなかなか行けないから、どうせだからみんなで休みをあわせて京都観光も兼ねて。
このときは気付かなかった。
まさか、この旅がとんでもないものになるとは。