第十九章 6.敗戦、生きろ:土方歳三
二股口の戦いは激戦を極めた。
新政府軍は物資も、兵士も、武器も、豊富だ。
どんな布陣をもってしても、殲滅させられるのは目に見えていた。
皆疲れ切っているな。
雨に血のにおいが混じる。
北の冷たい雨は体の芯まで冷やす。
俺は天を仰いだ。
”わたしの幸せは私が決めます!”
水瀬が涙を目にためながら叫んだ様子を思い出した。
馬鹿な女…。
こんなとこまで付いてきやがって。
救護班と後方支援としてついてきたあいつとはあれ以来話していない。
はあ…
白い息が空に溶けた。
「土方君…。」
榎本さんが近づいてくる。
「なんでしょう?」
「今後だが君はどうするべきだと思う?」
「物資も兵力も足りていません。
ここが堕ちれば殲滅させられます。
いったん引いて退路を確保すべきでしょうな。
これ以上無駄死にするものを増やしたくないのならば、引くべきです。」
喧嘩で大切なのは引き際。
それを見誤れば負けは確定する。
「ふむ。賢明な判断だな。」
珍しく榎本が俺の意見を飲み、俺たちは退却することになった。
空からは冷たい春の雨が降りしきっている。
独り、空を見上げていた。
負けた…。
もう走れないのか?
俺は…。
俺たちは。
もう刀の時代は終わったのだ。
武士の命も魂も…もう残らないのか?
四月二十九日、俺たちは退却した。
*
五月五日、俺は市村を執務室へ呼んだ。
あることを告げる為に。
「失礼します。副長。」
市村はずいぶん背も伸びて大人びた。
度胸も腕もついてきた。
だからこそ、これからの時代を生きるべきなのだ。
「市村、お前に頼みたい任務がある。
これを日野の佐藤家へ届けてくれ。」
「!」
目を見開く市村の前に包みを置く。
実家へあてた手紙。
「いくら副長の御命令でも、それだけはできません!私は副長と共に最期まで戦う所存でございます!」
睨むように俺を見据える。
いっぱしの口たたきやがって。
生意気な餓鬼が。
俺は傍らの剣を抜き市村の鼻先突き付ける。
「これは命令だ。聞けぬのならここで斬る!」
「!…
承知、しました。」
市村は声を震わせて言うと、包みを受け取った。
俺は市村に傍らの脇差しをとって投げた。
市村はそれをとると目を丸くする。
「…それはお前にやる。
だから、生きろ。」
市村は顔をくしゃくしゃにして頭を下げた。
俺はそんな市村のあたまを軽くたたく。
「男がそんなに簡単に泣くんじゃねえ。
それに、もし届けられなくてみろ。
許さねえぞ。」
「任せてください!」
市村は負けん気の強そうな顔で笑ってみせると、一礼して部屋を出て行った。
鉄、すまねえな。
これからを、生きろ。
これから来る時代を生きて、どうか新撰組の生きた痕跡を、誠の足跡を覚えていてくれ。
鉄、生きろよ。