第十九章 3.あなたに逢いたくて
あたしはちらつく雪の中土方さんを探して回っていた。
新撰組の名前を出しても、知る人はいなかったけれど、どうやら旧幕府軍は五稜郭に陣を敷き、その中で居住しているらしいことを知った。
でも何の後ろ盾もないあたしが五稜郭に乗り込めるはずもなくて、あたしは前途多難に陥っていた。
とその時、
「水瀬さん?」
名前を呼ばれはっとして振り返る。
そこにはあたしの記憶の中よりも少し大人びた市村鉄之助君がいた。
「鉄君!」
「ああ、やっぱり水瀬さん!」
鉄君が顔をほころばせて近づいてくる。
鉄君はずいぶん背がのびて精悍になった。
額のニキビや、ふっと笑った時に下がる目じりなんかはまだ幼さを見せていた。
「久しぶりね。」
「水瀬さんどうしてここに?まさかご結婚去されたんですか?」
鉄君が心底驚いたというような顔をしている。
「ううん。来たかったの。あの人がいるから…。」
そう、ただ逢いたかった。
迷惑極まりないのは知ってる。
でも、ただただ逢いたかった。
「ご案内しますよ。きっと皆喜びます。」
「ありがとう。でも嫌な顔されないか心配なのよ。」
鉄君は小さく笑いながらいう。
「…副長は、穏やかになられました。
みんなすごく慕っていて、鬼の副長なんて呼ばれていたのが信じられないくらいに。
でも、時々、遠くを見てすごくさみしそうな顔をされるんです。
…だから、やっぱり副長には水瀬さんが必要なんです。」
「鉄君ありがとう。」
あたしは笑いながら言うと鉄君ははにかんだような笑顔を浮かべた。
*
道すがら、これまでのことを聞いていた。
会津戦争でのこと、仲間の死、土方さんの鬼神ぶり。
どんな士官よりも優秀で、カリスマ性があったこと。
それを聞いて胸が熱くなるのを感じた。
誰よりも愛おしいその人がありありと浮かんできたから。
五稜郭の中はずいぶん広くて、居住スペースもあるみたいだった。
みんなあたしをじろじろ見ている。
女性が珍しいのかどうかわからないけれど、恥ずかしい。
くねくねと入り組んだ道を進み、西洋風の建物の中の一室の前に立つ。
「ここが副長の執務室なんです。」
この扉のむこうに土方さんがいる。
顔が紅潮していく。
この切ない気持ちをなんと呼べばいいのかわからない。
ただ一心に逢いたい気持ち。
「副長市村です。失礼してもよろしいですか?」
「ああ。」
低い声。
ガチャリ
どうしよう。
なんて言えばいい?
嫌われる?
動悸が激しくなる。
ゆっくりと扉が空くと、背中を向けて土方さんが座っていた。
西欧の軍服に日本刀。
そのアンバランスさが今の日本をさし示しているようだった。
この人の魂はまだまだ燃えている。
この刀にすべてが込められている。
それがたまらなくうれしい。
「…ひじかたさん。」
思わず零れ落ちた言葉。
土方さんが振り返る。
その切れ長の目をめいっぱい見開いて。
「!」
ああ、逢いたかった。
あなたに。
「…水瀬?」
ガタン
土方さんが椅子から立ち上がる。
あたしたちは何も言わずにただ見つめ合っていた。