第十八章 6.雨上がりの虹、きっとここから:斉藤一
「水瀬は行ったのか?」
容保様が思い立ったように言った。
「はい。今朝がた無事に。」
水瀬の去ってゆく姿が目に浮かんだ。
髪を短くしても、どんなに粗末な着物を着ても、輝く、まぶしい女。
凛として潔く、ひたむきで、明るい。
きっとあれほどの女にはもう逢えぬ。
自分は思いのほか惚れていたのだと思う。
「あれはまるで虹のような女子だな。」
「え?」
「うむ。凛として美しいが決して触れることはかなわぬ夢幻のような女だ。
会津は終わらぬと。ここからが始まりだと。死んでいった多くの命を、想いを継いで歴史は成り立つのだから、これからを生きる者は未来へ向かって前を向くのだと言い残して行った。
まったくなんとあっぱれな女よ。
凛として、潔い。
まるで雨上がりの虹のように、人に希望を指し示す。
だからこそ多くの兵が恋焦がれるのだろうな。」
虹のような女か。
確かにそうだ。
決して届かない、けれどだからこそ焦がれてやまない、雨上がりの希望。
あの女は混とんとしたこの時代に神が遣わした希望なのではないかとさえ思う。
「ええ、そうですな。」
「お前もまた虹を追いかけたくちか。」
容保様は茶目っ気たっぷりに笑った。
「やはり届きませんでしたが。
あの虹をつかめるのは、たった一人ですよ。」
そう、そのたった一人の男にただ逢うために危険を冒して北へ向かった。
結婚の申し込みを一分の揺らぎもなく断られた。
あれほどまでにバッサリ切られたら逆に気持ちがよいくらいだ。
わかっていたことだった。
あいつがいる場所はここではないことは。
だが、ここで別れればもう生涯逢うことはかなわぬ、そう思ったら、言わずにはおれなかった。
あいつは副長にきっと逢うだろう。
そうして幸せになるだろう。
そう思えば俺の片恋も報われるというものだ。
水瀬、お前に逢うことはもうかなわぬだろう。
だがお前に出逢えたこと、お前と共に走れたことは、至福であったと言える。
だからお前も幸せになれ。
必ず副長に逢え。
虹が還るたった一人の男のもとへ、いけ。
ふと遠くを見れば、秋が近づいた磐梯山。
国が滅びても、そこに人がある限り絶対に終わらぬ、か。
そうだな、戦には負けたが、会津は終わらない。
きっとここから今始まっていく。