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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十八章 5.これからを生きる者、前に…

あたしが会津に着いたとき、土方さんはここよりさらに北へ向かった後だった。

そのことを聞いたとき、あたしは涙が止まらなかった。

逢えなかったからじゃない、ただ無事で生きていることがうれしかった。

ただ同じ空の下で、生きていてくれる、そのことが本当にうれしかった。


あたしは斉藤さんに頼んで、若松城でけが人の手当てをすることにした。

容保様には新撰組に戻るときにとてもお世話になった人だから。

少しでも恩返しがしたかったから。

斉藤さんはあたしを追っかけてきたいいなずけということにしてかくまってくれた。

城下とはいえ、この非常時で何かと危険も多いから、自分のいいなずけということにしておけば何かと、不便がないだろうと言ってくれて、はじめは断っていたのだけれど、自分の身を守るために何が最良なのかをきちんと考えろ、と言われ、それに甘えることにした。

そう、生きなければいけないから。生きて、もう一度あの人に会いたいから。

だから、そのためには何でもしよう。


会津の人は本当にたくましいと思う。

特に女の人の強さがホントに素敵。

男の人顔負けに銃を扱い戦う人。

お姫様なのに泥に汚れて城を守る人。

女の人のこの強さが次の日本を作って行くのだと思う。


でも、そんな奮闘むなしく、会津は九月十四日、落城。

降伏することになった。

あたしがこの地へきて半月後のことだった。




「…終わったのだな…。」


あたしの隣で斉藤さんがぽつんとつぶやく。

そのそっけない一言に故郷を思う斉藤さんの無念さが伝わってくる。


「いいえ、終わりません。」


あたしは斉藤さんに向き直っていう。


「?」


「国が無くなっても、そこに人がいる限り絶対に終わったりしません。」


「しかし…。」


「会津は150年先の世でも、きちんと、そこにあります。

この戦いを胸に刻んで、誇り高く、皆が生きています。その礎を築くのは斉藤さんたちですよ。」


「!」


斉藤さんは切れ長の目を見開く。

あたしは嫣然と微笑んで見せた。

会津の風が短くなった髪を巻き上げる。



そう、終わらない。

ここに、人が生きる限り、私たちは絶対に終わらない。

会津も、日本も。

この時代の、ううん、もっとずっと古から脈々と受け継がれてきた想いと、命を引き継いで、150年先まで続いていくの。

今、あたしがいるこの一瞬が、これからの何千年先まで続いていく。

それは気の遠くなるような、けれど泣きたくなるくらいに幸せなこと。

たくさんの人の命に触れ、その生きざまを見てきたから、確かにそう思える。

歴史の大河の中のほんの一滴でいい。

忘れられるような存在でいい。

誰にも知られず、忘れ去られるような存在であっても、名など残らなくても、確かに、今生きている、というその思いさえあればそれでいい。

だって、あたしが出逢ってきた人たちはみんなそうやって死んでいった。

精一杯に生きて、己がのちの世に伝えられようと、否伝えられなくても、それでいいと笑って死んでいった。

自分の信じる誠の為に、自分の愛する者のために、そうやって笑って死んでいったのだから。

だからこれからを生きるあたしたちはそれを受け継いでいかなければいけないの。

それが後を生きる者の定めだから。





会津を出て、北へ向かうと容保様と、照姫様に伝えると、二人は驚きながらも、快く受け入れて、函館に行くまでの護衛をつけてくれるとまで行ってくださった。

あたしはその夜、ほとんどない荷物をまとめ、斉藤さんに挨拶に行った。



斉藤さんはあたしの話を黙って聞いた後、不意にあたしを抱きしめた。

突然のことで、息もできないくらいにドキドキしていた。


「…水瀬。会津に残れ。」


斉藤さんの言葉が耳に響く。


「俺と共に、これからの会津を作って行かぬか?」


まっすぐな斉藤さんのまなざし。


「斉藤さん…。」


「副長を想い続ければよい。愛さずともよい。ただ俺と共に生きてはくれぬか?」


少し怒ったようなぶっきらぼうな物言いにあたしは既視感を感じていた

ずっと昔、斉藤さんがあたしにかんざしを渡してくれた時に似ていた。


どれくらい時間がたっただろう?

あたしは斉藤さんの目を見て答えた。


「斉藤さん、ごめんなさい。

あたしは北へ行きます。あたしの居場所はその人の側だから。」


逢えないかもしれない。でもあたしはいつだってその人のもとに心が呼ばれるの。


「ああ、そうだろうな。すまんな。困らせて。」


斉藤さんは穏やかに笑って言った。


「いいえ。ありがとうございます。本当に甘えてばかりで、ごめんなさい。」


「いや。よい。

水瀬、お前と出逢えてよかった。お前を好きになれたこと幸せに思う。

だから、必ず副長に逢え。そして幸せになれ。そうでなければ許さん。」


斉藤さんは小さくおどけたように笑った。


「はい。」


あたしは力強くうなづいた。

もう斉藤さんとは逢えないのかもしれない。

はじめはすごく厳しくて近づきにくい人だった。

でも無口な中には限りない優しさと、誠実さにあふれていて、あたしが迷った時、いつも背中を押してくれたのは斉藤さんだった。

この人に出逢えたこと、幸せに想う。

この出会いに感謝しよう。


本当に、ありがとう。


あたしは次の日の朝、会津を発って北へ向かった。

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