第十八章 4.ただ君の幸せを:斉藤一
身なりを整えた水瀬と向き合う。
少し痩せたようだが水瀬がまとうこの完結したような哀しいほどの静謐はなんなのだろう。
凛とした冬の湖のような、静かな何者にも侵せない神聖な空気。
水瀬がここにこうしているということは…
沖田さんは死んだのだろう。
あの、男は安らかに逝ったのだろうか。
「水瀬、沖田さんは…」
水瀬は沁みいるような優しい笑顔を浮かべた。
「ええ。とてもいい顔でした。」
「…そうか。」
きっとあの男は幸せだっただろう。
惚れた女に看取られて逝ったのだから。
風のようにつかみどころのない、けれど剣を持たせたれば誰よりも強い、あの好敵手の笑顔が浮かぶ。
沖田さん、
あんたは幸せだったのだろうな。
”もちろんですよ。”という声が聞こえた気がした。
「斉藤さん、土方さんは…新撰組はここにいるのですか?」
はっと思い至る。
この戦火の中、女子のみでどんな危険があるやもしれぬのに、髪を切り落としてまでここに来たのは何のためなのかを。
「新撰組は北へ向かった。函館だ。もちろん副長が率いている。」
水瀬ははっとしたように目を見開く。
その眼にみるみる内に涙がたまるのを見て俺は胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
無理もない。
ここまで来たのに、逢えなかったのだから。
「案ずるな…」
俺は水瀬に向かって言うと、水瀬は首を振った。
その拍子にはらりと涙が零れ落ちる。
「いいえ、違うんです。うれしいんです。」
「え?」
「生きていてくれたことが…。」
水瀬は目に涙をためて小さく笑った。
全身が総毛だった。
逢えない辛さよりも、無事でいる喜びのほうが大きいのだ。
なんという見事な女…。
副長にわずかながら嫉妬した。
こんなにもこの女に恋慕われていることに。
でも副長の無事に涙する水瀬はこの世の者とは思えぬほどの美しさを湛えていて、愛おしさに胸が締め付けられるほどだった。
この女はひたむきで、一途で、自分のためには望まない。
だからこそこんなにも焦がれる。
この女を守りたいとそう思った。
自分を振り返らずとも好い。
この女の幸せをただ見守りたいとそう思った。