第十八章 3.会津、故郷:斉藤一
慶応四年八月二十一日。
新撰組は母成峠で、敗走。
敗戦の色を一層濃厚にした。
降りしきる銃弾
ひらめく白刃。
怒号と悲鳴。
若松城が堕ちるのも時間の問題なのやもしれぬ。
だが会津は俺の故郷。
この地を俺は離れん。
最期まで俺は会津の人間として、おれの誠を貫きたいと思う。
小休止。
俺は竹筒から水を飲んだ。
火薬や砂で汚れた口をゆすぐと、隣から声をかけられる。
「…斉藤。」
副長が俺を見る。
「なんです?」
「新撰組には北上の命が下った。」
「!」
「だが…お前は残るのだろう?会津に。」
「俺は…」
「お前はお前の戦をしろ。」
「!かたじけない。」
この人は本当に人を良く見ている。
俺が会津と命の共にするつもりなのを初めから知っていたのか。
会津…、俺の故郷。
この地を俺は離れられん。
「斉藤、お前と走れたこと、幸せに思う。武運を祈るぞ。さらばだ。」
副長は凄艶な笑みを浮かべる。ぞくりとするほど美しい笑みだった。
それは鬼の顔。
修羅の道にすべてを投じた男の覚悟の笑み。
踵を返して去っていく。
もうあの人には二度と会えぬ。
あの人は武士であった。
誰よりも。
信ずるもののために鬼となり、守り続けたあの人は、最後の最後まで武士として逝くのだろう。
俺は去っていく後ろ姿に、敬意をこめ、深々と頭を下げた。
*
新撰組と離隊してから、会津は持久戦になった。
人がボロボロと死んでいく様はまさに地獄だった。
九月に入り、俺は、思わぬ人物と再会することになる。
「山口さん、山口さんに会いたいと申す人物がおります。」
「誰だ?」
「それが、松本法眼の知り合いとかで、我々では判断が付きませぬゆえ、見分願います。」
「この忙しいときに。」
俺は舌打ちをした。
この籠城中の若松城にどうやって入ってきたのか、汚い身なりをした人間が端座していた。
笠を目深にかぶっていて顔は見えない。
ただ、着物に、血の跡が付いているのが見て取れた。
俺は刀を抜いて鼻先に近づける。
「お前は誰だ?何ゆえ松本法眼の名を出した?」
その人物は笠をゆっくりととった。
髪がはらりと揺れる。
俺はその人物を見て愕然とした。
「水瀬!!」
俺は刀をしまい、水瀬に駆け寄る。
水瀬は髪を短く切り、男装していた。
着物は擦り切れ泥で汚れており、ここまでの旅路がどれほど過酷かを思わせた。
「水瀬…お前…」
俺は言葉を継げなかった。
「…斉藤さん、ごめんなさい。こんなとこまで押しかけて。」
水瀬は小さく笑った。
俺は痩せた水瀬の体をただ黙って抱きしめることしかでき無かった。