第十八章 2.戦場の月:土方歳三
夢を見た。
勝ちゃんが桜の下で空を仰いでいる。
俺はそこへ近づこうとすると、肩をつかまれて止められる。
振り返ると、そこには総司がいた。
”まだ駄目ですよ。土方さん。あなたにはまだ、出逢うべき人がいるでしょう。”
出逢うべき人?
”もうすぐですよ。きっと逢える。”
その瞬間光がはじけた。
…
「…う!副長!!」
ビクン
目を覚ますと斉藤(今は山口を名乗っているが)が眉間にしわを寄せたまま俺を覗き込んでいる。
一瞬ここがどこだかわからなくなり、戦の最中だと思い至る。
会津に来てしばらくして、新政府軍との戦いになった。
会津は古くから土着愛が強い。
大人も子供も女も男も皆で戦うのだと、若松城に籠城して戦っていた。
だがいかんせん兵の数も武器も違いすぎた。
敗戦の色は濃厚で、容保様も決断を迫られているところだった。
俺は軍議の後、若松城の近くの陣の片隅で、少し目を閉じていたところだった。
「ああ、なんだ?」
「いえ、今は敵も落ち着いています。
すこし横になっては?」
「大丈夫だ。俺はまだ戦えるさ。」
口の端を引き上げてみせる。
勝ちゃんは死んだ。
殺したのは俺だ。
夢の中ですら近づけぬ。
だから戦わなければ。
走り続けなければ。
あの愚直で、情にもろい、生涯最高の友の魂に報いるには走り続けることしか俺はできねえから。
「…隣良いですか?」
斉藤は言葉少なく隣に腰を下ろす。
何を話すわけでもない。
ただこの昔からの仲間がここにいるというその実感が俺を安心させた。
会津へきて、戦況は苛烈だった。
仲間もボロボロと死んでいく。
新政府軍の兵器の威力はそれほどまでにすさまじかった。
ただその中でも、揺らぐことなく無心に戦い続けるこの男を俺は頼りにしていた。
俺は何ともなしに首から下げている水瀬からもらった銀の輪っかを手に取って眺めた。
水瀬の母親の形見だというそれは何のためのものなのか、よくわからない。
内側には異国の文字だろうか、何かが刻まれている。
ただ、水瀬が元いた世界から唯一持ってきた、どれほど大切にしていたかわからない母親の形見を俺にお守りとして託してくれたことは、俺の心を奮い立たせた。
もう逢えない愛おしい人。
でも目を閉じればこんなにも鮮やかにその笑顔が、瞼の裏に浮かぶ。
結局心を通わせることはできないままだったが、それでよかったのかもしれないと今では想う。
離れ離れになってしまうのに未練だけ残してもどうしようもねえしな。
あいつをここへ連れてくるわけにはいかなかったから。
あいつには幸せになってほしいから。
だからこれでよかった。
生涯においてただ一つの恋だった。
こんなにも激しく心がかき乱されて、こんなにも切なくて、優しくて、そして何よりこんなにも欲しいと、逢いたいと欲する恋は。
いい年こいて恥ずかしいと思う。
でもこんなにも焦がれてやまない人間に出逢うなんて想っても見なかった。
「それは?」
斉藤が俺の手元を見て問う。
「ああ、水瀬がよこしたんだ。なんに使うのかはよくわからねえが母親の形見らしい。」
斉藤は切れ長の目を一瞬見開く。
「副長は…いえ。」
そのまま沈黙が落ちる。
空には満月が輝いていた。
いつ果てるともしれないこの命。
でも確かに生きたと言いたい。
だから走る。
まだ来るなと総司が言ったように、俺にはまだやるべきことがある。
だから走ろうと思う。
なあ、水瀬。
今お前はどこにいるんだ?
お前も同じようにこの月を見ているのか?
今お前は幸せか?
笑えているか?
逢いたいよ、お前に。