表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹に届くまで  作者: 爽風
163/181

第十八章 1.北へ

総司の死からひと月。

あたしはしばらく魂が抜けたように呆けていたのだけれど、おみつさんに一緒に日野で暮らさないかと言われ、思わず首を横に振った。


あたしのいる場所はここではないと思ったから。

強烈なまでの魂が指し示す。

あたしの居場所。

今はもうこの世にいないかもしれない、あたしの魂の片割れ。


「…北へ行きます。」


そう思ったら自然と口に出していた。


会津へ行こう。

土方さんがまだいるのかわからない。

生きているのかどうかすらわからない。

でも、行かなければと思った。

あの人の生き様を、生きた軌跡を見届けなければいけないから。

それがあたしのここにいる意味なのだから。


そういうと、おみつさんは何か言いたげに、口を開きかけたものの、すぐに総司そっくりの笑顔でこう言った。

「もう決めているのね」と。


そう、もうあたしは決めている。否、決まっていると言ったほうがいいかもしれない。

あの人のもとへ行かなければいけないのは、もうずっと以前からそう決まっているような気がしていた。



あたしは会津へ行く松本先生に付いていくことにした。

何分戦地へ向かうわけで、危険なことも多いと言い含められていたのだけれど、あたしははやる気持ちを抑えられなかった。


出発の前日、あたしは鏡に向かい、髪を切り落とした。

長旅の中で女とわかると危険も多いからと、女髪に結っていた髪をほどき、肩に付かなくなるまでバッサリ切り落とした。

松本先生はそれを見て大きな目を落ちそうなくらい見開いていたけれど。

もう何も失うものなんてないもの。

ただ会いたいだけ。

あの人に。



出発の朝。

夏の日差しが朝から暑かった。


男物も着物を用意してもらい、袴を履き、笠を準備する。荷物はほんの少し。

斉藤さんからもらったかんざしと芹沢先生の脇差し。

見送りにはおみつさんが来てくれた。

あたしの体のことを心配してくれて旅支度を整えるのを手伝ってくれた。

おみつさんはあたしを抱きしめる。

優しい女の人の匂いは少しだけ涙腺を緩ませた。


「まことちゃん、総司のね、荷物を整理してたらね、これが出てきたの。」


そういって渡されたのは一通の文。


几帳面な総司の字で、「水瀬真実様」と書いてある。


「これ、総司が?」


「ええ。いつの間に書いてたのかしら。出発前に渡せてよかった。」


文を開くと総司の字でびっしりと、細かい文字が書かれている。



”水瀬真実様 


この手紙を貴女が読む頃、私はもうこの世にいないでしょう。

もうあまり多く話せないので伝えたいことを書き残すことにします。


大好きでした。


こんなこと今更つたえるなんて卑怯だと思う。

でもどうか伝えさせてほしい。

もうとっくに気が付いていたと思うけれど、

本当に大好きでした。

なのに、傷つけてばかりで本当にごめん。

私のせいでここにとどめてしまって本当にごめん。


私がいなくなった後、まことのことだから土方さんを追うのでしょうね。

いつも無茶ばかりするから心配です。

でも、君のそのまっすぐさに、ひたむきさに、いつも救われていました。

君のその笑顔に言葉にできないほどの幸せをもらっていました。

だから今度は私が君を助ける。

君がくれた幸せに、まだ何も返せていないけれど、

風になってまことを見守ると約束する。

きっと土方さんのところまで、私が導く。

だから君の思うままに走って。

どこまでも見届けるから。

そして必ず土方さんと、幸せになって。

どこにいても、まことの幸せを祈っているから。


いつか、またどこかで逢おう。

そしてその時は果たせなかった甘味めぐりをしようね。

また巡り逢ったその時には、最高の笑顔を見せてほしい。


最後に、君に出逢えて本当に良かった。

時を越えて、同じ空の下で、同じ時間を歩めたこと、本当に幸せに思う。

私に出逢ってくれて、たくさんの幸せをくれて

本当にありがとう。



沖田総司藤原房良”



ぱたぱた…。

白い文に涙が音を立てて落ちる。


「っ…総司っ…!っっく、うっ…」


あたしは嗚咽が止められなかった。

痛いくらいに想ってくれる総司の優しさに胸がいっぱいで…。



「まことちゃん、ありがとう。総司と一緒にいてくれて。

私も、あなたのことは本当の家族みたいに思っているのよ。」


おみつさんが泣き崩れたあたしの肩を抱いてそっと背中に手を置いた。

あたしはしばらく泣き続けた。

おみつさんの笑顔は総司そっくりで、まるで、総司がそこにいてくれるみたいだった。


「おみつさん、ありがとうございます。あたしも総司やおみつさんにあえて本当に良かった。」


あたしは立ち上がってもう一度笠の紐をしめなおす。


「体に気を付けて、無理しないでね。」


お姉ちゃんがいたらきっとこんなふうなのかもしれないと思うと、すごくくすぐったくてうれしい。


「はい。」


あたしは笑って一歩を踏み出す。

風が吹き抜ける。

総司が後押しをしてくれたように、体は軽くなっていた。


北へ行こう。

大好きなあの人の待つ北へ。

総司と一緒に。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ