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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十七章 8.風の人、自由に。


総司が死んだ。

だんだんと、命が削り取られていくように、ゆっくりゆっくり命の炎が消えていった。

総司の体はまだ暖かくて、でも痩せた指の先からだんだんと冷たくなっていく。

命の名残が消えていく。

あたしはこときれた総司の体をもう一度だけ抱きしめた。


「…総司…逝っちゃったの?」


何も言わない。

閉じた目はもう開かない。


「ホントずるいよね。先に逝っちゃうなんて。まだまだ一緒にやりたいこといっぱいあったのに…。」


愛してるなんてずるい。

でもまっすぐなその思いは一番総司らしかった。



ねえ総司、聞こえる?

あたし…総司のことが大好きだったよ。

総司のくれた想いとは違うかもしれないけれど、でも、本当に大好きだったよ…。

大事だった。

ごめんね…ずっと甘えてて…。

たくさんの幸せを…本当にありがとう。



愛じゃなかった。

恋じゃなかった。

恋と呼ぶにはあまりに不器用で、愛と呼ぶには幼すぎたから。

でも確かに総司のことは大事で、大事で、かけがえのない人だった。

この優しくて、不器用なこの気持ちをなんて呼べばいいのかわからなかったの。




冷たくなりつつある総司の唇にもう一度だけ唇を重ねた。

目を閉じたその拍子に涙が零れ落ち、総司の頬にそのしずくが散った。

総司が笑ったような気がした。





総司の葬儀はひっそりとしめやかに営まれた。

新政府軍に気付かれないように。

葬儀に参列したのは、お世話になった千駄ヶ谷のお宅の御主人と、松本先生、おみつさんとあたしだけだった。

でも、きっと総司はそれでいいと笑っただろう。

だって総司は今頃近藤先生と会えているはずだから。


葬儀が終わって喪服を着換えると、あたしはいつも二人で話していた縁側に座ってぼんやりと夕焼けに染まる空を見ていた。

もういないなんて信じられない。

人が死ぬってなんて不思議なんだろう…。

この世にもう体がないなんて…。

どれほどそうしていただろう。

ふとあたしの手を包む暖かな手。


「まことさん…。」


「おみつさん…。」


おみつさんが総司とそっくりなその笑顔であたしの肩を優しく抱いた。

笑うと下がる目じりも、小さなえくぼも本当にそっくりで、思わず鼻の奥がつんと痛くなった。


「本当にありがとう。あの子を最期まで見ていてくれて、本当にありがとう。」


「…ごめ…なさい。」


声が震える。


「なぜ、謝るの?」


「あたし…何もできなかった…。総司が苦しんでいたのに…結局何も…。

総司の気持ちに気が付いていたのに…何も…ごめんなさい。」


おみつさんはあたしの目を見て言った。


「あの子がね。私にくれた文で言ってたの。

好きな子ができたんだって。強くてきれいで優しい人なんだって。

あなたを見たときああ、本当にその通りの人だって思ったわ。

素敵な人に恋をしたんだって…。」


そんなこと言ってもらえる資格、あたしにはない。

なのに…。

視界が揺らぐ。

かぶりを振った瞬間に涙のしずくが散った。


「心配だったの。男の人ばかりの試衛館にずっといて、女の子に見向きもしなかったあの子が。

でも人を愛せる子に育ってくれて本当に良かった…。

だから…あの子を見ていてくれて本当にありがとう。

あの子に出逢ってくれて本当にありがとう。

総司の姉として…心から感謝申し上げます。」


おみつさんが床に手をついて頭を下げる。


「頭あげてください。あたし…そんな資格ないです。

総司にはいつも優しくしてもらってて…優しさに甘えてて…。」


「あの子は幸せよ。だってあなたに出逢えたんだから…。」


「おみつさん…!」


あたしたちは肩を寄せ合ってしばらく泣いた。

おみつさんは子供のころの泣き虫な総司の話を聞かせてくれた。

泣き虫で、甘えん坊だった総司。

でも誰よりも負けず嫌いで、「歳三さんになんか負けない!」と泣きながら剣を振るっていた試衛館時代。

あたしたちは夜遅くまで、いっぱい笑って、いっぱい泣いた。



不意に夜風が吹き抜け、あたしの前髪を揺らした。


優しい夏の風。

それは無邪気で優しい総司の風だと思った。

総司は風になったのだと思う。

自由で優しくて…何者にもとらわれない風になったのだ。

そして誰よりも逢いたがっていた近藤先生のもとへ、北で戦う土方さんのもとへ駆けて行ったのだろう。




新撰組一番隊組長沖田総司労咳にて死去。

享年25歳。


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