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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十七章 7.風となって…:沖田総司

気配を感じて、枕元に置いてある剣を取ろうとしたのだけれど、もう指一本動かすことすらできない…。

息を吸うたびに走る激痛も吐き続ける血も…

まったく現実感のないものになってしまった。


頼んで開け放してある窓から黒猫が入ってきた。

気配の正体はこの黒猫。

こちらを見ている。

笑っているのか?

このみじめな私を。

剣すら手が届かないこの無様な武士を。


もう斬れない…

もう剣を握れない…


自分の死に場所はずっと戦場だと思っていた。

白刃にその身をささげ、近藤先生や土方さんの楯となり、死ぬのだと。

それこそが自分の幸せだったから。

なのに、私は今こんなふうに黒猫に見下げられ、病に侵され死のうとしている。


不意に風が吹き抜けた。


後悔がないか、未練がないかと問われれば、それはもちろんある。

もっと走りたかった。

もっと戦いたかった。

…もっと…生きたかった。

でも…これだけは言える。

確かに、私は幸せだったと。

尊敬する師に出逢い、多くの兄分、仲間を持ち、そして…生涯にただ一度の恋をした。

時を越え、幾千もの出会いの偶然の中から彼らに出逢えたこと、それを幸せと呼ばずになんとする。

出逢えてよかった。

生まれてきてよかった。

私はこの人生を確かに精一杯生きたと。

今ならそういえる。



だから逝こう。

この虹に届くほどの奇跡に感謝して。



風が吹く。

ああ、風になりたい…。

そうして自由にあの大地を駆け巡り、見守るのだ。

愛おしい人を。





「総司!だめ!」


目を閉じようとした私を引き戻す声。

力を入れて、目を開けると、そこには心から求めてやまない愛おしい人。


「ま…と」


もう声すら出せない…

愛おしい人の名前すら口に出せない。


「総司…まだ約束果たしてもらってない。

元気になったら、お団子おごってくれるんでしょう?

元気になったら稽古してくれるって言ったじゃん。

約束やぶらないで、一人で行っちゃわないでよ。」


涙を目にいっぱいためてまことは怒ったように言う。

大好きだった。

…泣き顔も、笑い顔も…全部全部大好きだった。


「まこ…と、愛し…てる…」


零れ落ちる言葉。

いうつもりなんてなかったのに。

私は傷つけて、困らせるばかりだ。

でも、ただ伝えたかった。



まことは一瞬目を見開き一度ゆっくり瞬きをした。

その拍子に涙が頬を伝い零れ落ちた。

ゆっくりと目を開けてまことは大輪の笑顔の花を咲かせた。

ああ、この笑顔だ。

私が逢いたかったのは。

女子など絶対に好きにならないと思っていたのに、この光の笑顔に惹かれ、愛おしくて仕方がなかった。

自分のものには決してならないと知っていたのに、それでも大好きだった。

誰よりも愛おしい人。


「総司…。」



ゆっくりと重なるくちびる。

柔らかな感覚。


私は至福の中目を閉じた。

陽だまりみたいなその笑顔が、私の生きる道を照らしてくれた。

孤独で、くらい道を歩く私の光。

最期まで手放せなかった。

ごめん。

離さなければいけないのに、結局手放せなかった愛おしい人。

愛おしい気持ちなどとうの昔にばれている。

愛せなくていい、愛さなくていい。

ただ伝えたかった。

この想いを。


もう悔いはない。

この胸いっぱいの愛を抱いて逝ける。

だって私はこんなにも幸せだった。

同じ空の下で、同じ月を眺め、笑いあい、涙を流し、時には喧嘩もして…

そんな日々を、幸せを私にくれて本当に…本当にありがとう…。

今度は私が君を見守る。風になって。



…一陣の夏の風が吹き抜けた。




(総司、よく頑張ったな。)


あれ、近藤先生、いらしていたんですか。声くらいかけてくださればいいのに。


(総司、お前は誰よりも強い武士だ。お前を誇りに思う。)


近藤先生、照れるじゃないですか。


(総司、ついてきてくれるか?)


ええ、喜んで。どこまでも行きましょう。今度こそ、お供させてください。


(ではそろそろ参ろうか。)


はい。

往きましょう。

風となって。

どこまでも…。

いつまでも…。



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