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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十七章 6.お光さん

近藤先生が亡くなってから、総司の容体はますます悪くなった。

血を吐く回数も多くなって、血がのどをふさがないようにあたしはほぼ、つきっきりで総司の看病をした。

病状は悪くなって行くのに、目を覚ませば、昔みたいな笑顔を浮かべ続ける総司にあたしは不安になった。

場違いなくらいな無邪気な笑顔は、まるでもうこの世から心が離れてしまったようで。


五月に入り、梅雨に入った。

じめじめとした暑さは、総司の体力を容赦なく奪っていった。

大好きな水ようかんもほとんど食べられなくなっていき、もう起き上がることもできなくなった五月の半ば、思わぬ人が千駄ヶ谷を訪れた。



「ごめんください。」


玄関をあけると、あたしより十くらい年上のきれいな女性が立っている。

番傘からはぽたぽたと雨のしずくが落ちる。

どこかで見たことがある。


「突然ごめんなさいね。沖田総司の姉のミツです。」


あたしは思わず目を見開く。

そう、この目元や鼻筋なんかは確かに総司によく似ている。


「あ、水瀬真実です。中へお入りください。」


あたしはおみつさんを中へ案内しながら、声をかける。


「よくこちらがお分かりになりましたね。」


「ええ、歳三さんが知らせてくれていたの。訪ねるのがすっかり遅くなってしまってごめんなさい。

まことさんにもすっかりご迷惑をおかけして。」


土方さんが…。

よかった。

あたしは総司の実家を全く知らなかったから、連絡の取りようがなかったもの。


「いえ、そんなことないです。総司には助けられてばかりで…。

まだまだ少しも返せてないから。」


あたしは何もできていない。

無力感にいつもさいなまれていて、どうすることもできないくらいに。


「あの子に、ついていてくれて、本当にありがとう。」


おみつさんは総司そっくりの笑顔で笑った。

あたしはその笑顔を見て泣きたくなった。





おみつさんが来てくれてから、総司の調子が少し良くなった。

病気の峠を越えたのかと、期待したのだけれど、松本先生いわく、死の直前に病状が回復することはよくあることなのだという。

だから覚悟をしろと。

それを聞いてあたしは暗くなる気持ちを抑えられず、台所で泣いた。

もう近い。

総司が逝く日が。

その時、あたしはどんなふうに彼を送り出せるだろう。

笑って、最高の笑顔を見せられるだろうか。


おみつさんが来て。はじめは驚いていた総司も、久しぶりに逢えたお姉さんと一緒でうれしそうだった。

そういえば前に、自分は末っ子で、大変な甘えん坊だったと総司が笑って言っていた。

だからよかったと思う。

大好きなお姉さんに逢うことができて。

おみつさんはとても強い女性だ。

総司のあの痩せてしまった姿を見ても、総司の前では少しの揺らぎも見せずに、総司そっくりの優しい笑顔で笑っていた。

だから強い人なのだと、そう思っていた。


おみつさんが来て一週間。

夜中にいつものように、寝ている総司を確信して部屋に戻ろうとしたその時、

おみつさんのいる客間から小さな声が聞こえた。

あたしはその部屋へ近づくと部屋に向かって声をかけようとして思わずためらった。


「っく、ひっく…。」


部屋の中から聞こえたのは嗚咽。

おみつさん泣くのを我慢してたんだ。


あたしは「失礼します」と声をかけて暗がりで声を殺して泣くおみつさんの肩をそっと抱きしめた。


「まことさん、ごめんなさいね。

こんな恥ずかしい姿。」


「そんなことないです。泣いてください。いいんですよ。」


「ごめん…なさ…」


声が震えて嗚咽がこぼれる。

当たり前だ。

大切な家族があんな風に苦しんでいるのだから。

こんなふうに総司の前では泣けないから夜寝静まった後になくしかできなかったんだ。


「どうして…!どうしてあの子が労咳なんかに!!ああああ…!」


堰を切ったように泣き崩れるおみつさんの姿は痛々しくてあたしもおみつさんと抱き合いながら泣いてしまった。


こんなふうに思い切り泣いたのなんていつぶりなのだろう。

でも、今あたしたちにはこの時間が必要だった。

もうそう遠くないその日を迎える為に。




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