第二章 2.歓迎会の夜
夕食の座敷にばらばらと人が集まってきた。
はじめましての人も結構いるわけで、あたしのことをじろじろ見ていく人も多い。
「何緊張してんだよ、堂々としてねえと男に見えねえぞ。」
佐之さんが耳元で囁いて去って行った。
う、鋭い。
確かに視線にびくびくしていても怪しまれるだけだし。
その時ふすまが乱暴に開き、恰幅のいいおじさんが入ってきた。
その瞬間周りの空気が一変する。
一瞬部屋中が水を打ったような静けさに包まれて、そののちまたしらじらしいようにみな話しだす。
常に獲物を狙っているような鋭い目は仄暗く猛禽類を思わせる。
なんて目してるんだろう。
あたしは直感した。
この人が芹沢鴨だ…
すごい威圧感。
芹沢鴨は当然と言わんばかりに上座に悠々と座る、
近藤先生や土方さんまでもその圧倒的な空気にのまれてしまっているようにさえ見える。
あらかた人が集まったのを確認して土方さんがたちあがって話しだした。
「今日集まってもらったのは、浪士組に新たな隊士の紹介を皆にするためである」
あたしは土方さんを見ながら、これから新撰組が進むであろう歴史について考えていた。
歴史はあたしがこないだ資料館で見たみたいに、本当にあの通りに進むのかな。
あたしはその時どうするんだろう。
あたし、なんで新撰組の歴史なんて知ってしまったんだろう。
前みたいに知らなかったら、こんなにいろいろ嘘つかなくてもよかったのかもしれないのに。
あたしは雑念を振り払うように顔をあげ、土方さんの話に耳を傾けようとした。
ドキン
心臓がはねた。
ああ、やっぱりこの人を見ると、ドキドキする。
こんなこと今までなかった。
ただあの人の整った顔や、影のある雰囲気にドキドキしてるだけなんだろうか。
馬鹿じゃん、
まるであたしが土方さんのこと好きみたいじゃん。
あたしは一人で舞い上がってたのが恥ずかしくて顔に血が上るのを感じて、思わずうつむいた。
「…せ、
…なせ、
おい、水瀬、聞いてんのか!!!」
は?
突然名前を呼ばれてはっとする。
顔を上げると土方さんがこっちを怖い顔をしてにらんでいる。
土方さんだけでなくみんなこっちを向いて様子をうかがっている。
え?
「呆けてんじゃねえ、きちんと挨拶しろっつったんだ。
何回もいわせんな。」
「は、はい。
申し訳ありません。
失礼いたしました。」
やばい、あなたに見とれて聞いてませんでした、なんて言えない。
あたしは深呼吸をして事前に総司や近藤先生と打ち合わせた挨拶をした。
「ただ今ご紹介にあずかりました、水瀬真実と申します。
近藤先生の奥様の遠縁にあたるものにございます。
若輩者ではありますが、みなさまの志に恥じぬよう、誠心誠意努めさせていただく所存にございます。
ふつつかものですが、幾久しくよろしくお願い申し上げます。」
緊張して息を継がずに一気にまくし立てたもんだから酸欠で苦しい。
しかも最後の方は、結納みたいな挨拶になってしまった。
「私の息子のような存在なのだ、みなよく導いてやってくれ。
では今宵は無礼講だ。大いに飲んでくれ。
ただし明日の隊務があるものは程々に。」
「「「「おう」」」」」
近藤先生が後を引き継いで乾杯の音頭をとり、宴会が始まった。
みんな待っていましたと言わんばかりのどんちゃん騒ぎが始まる。
そしてものの30分もしないうちに部屋のあちこちで酔っ払いたちが騒いで暴れはじめた。
その中心には佐之さん、と永倉さん、平助君がいることは言うまでもない。
佐之さんは腹踊りを始めるし、永倉さんは何やら猥談をしているし、平助君は熱く日本がどうあるべきかを語っている。
なんていうか、いつまでたっても、古今東西酔っ払いってやつは変わんないんだなあ。
あたしは隅っこで平隊士の人の質問にあたりさわりなく答えながら、その様子を見てくすりと笑ってしまった。
と、その時、ひょろりとした色白の男が近づいてきた。
酒が入って顔が赤らんでいるが目が粘着質の蛇みたいで気持が悪い。
「おぬし、水瀬とかいったか、
芹沢先生がお主と話したいとおっしゃっておる。
こちらに来い。」
横柄で高飛車な感じがカチンとくるけど、そんなことで騒ぎを起こすわけにはいかない。
「はい、ただ今。
失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか。」
「ふん、拙者は副長の新見錦だ。」
「新見先生ですね。水瀬真実と申します。よろしくお願いします。」
にいみにしき
なんか舌かみそう。
あ、芹沢鴨の腹心。
それにしてもなんか高飛車で感じ悪い。
それにあんまり芹沢鴨にも関わらないほうがいいと思うけれど、断るのもおかしな話だし仕方がない。
「ついてこい」
あたしは、新見先生に連れだって席を立ち、どんちゃん騒ぎの酔っ払いたちの間を縫って宴会部屋をでた。佐之さんや永倉さんはすでに出来上がっていて、平助君は眠っている。総司はいなくなってるし、近藤先生や土方さんはもう席を立っている。
どうしよう、このまま一人でこの人について行くのはかなり危険だ。
でも知ってる人がいないし…
一瞬斎藤さんと目があったけど、すぐに目をそらされてしまった。
仕方がない、
覚悟を決めていくしかない。
あたしは新見先生のあとをついて宴会部屋を後にした。