第十七章 5.もう少し、夢の中へ:沖田総司
昏い。
何も見えない。
ここはどこなのだろう?
最近自分が生きているのか、死んでいるのかわからなかったが、ついに死んでしまったのだろうか。
昏い淵の先は何も見えなくて足が鉛のように重く、どこにも行けない。
ふと振り返ると、そこには逢いたくてやまなかった恩師の姿。
(近藤先生!)
近藤先生は何も話さず、ただ笑ってみている。
(どうしたのです?私ですよ。一緒にお供させてください。)
私の言葉に近藤先生は黙って首を振る。
拒絶されたような気分になり、絶望感が胸を覆う。
近藤先生はふと手を挙げて、まっすぐ私の後ろを差した。
(あちらに行けということですか?私はお供させていただけないのですか?)
近藤先生はただ笑って指をさし続ける。
そうか、まだ、私は生きなければいけないのか。
…じ
……うじ!
誰?
遠くから呼ばれた気がした。
…総司!
声のするほうに一歩踏み出すと、その瞬間光に包まれた。
*
「…じ!
…総司!!」
目が覚めるとまことが泣きそうな顔をして私を覗き込んでいる。
そうか、まことが私を生かしてくれたのか。
命をつないでくれた私の光。
「…と。」
愛しい人の名前を呼ぼうとしたけれど、咳のしすぎでのどが切れてうまく声が出せなかった。
「ああ、よかった。もう心配かけないでよ。なかなか起きないから心配しちゃったんだから!」
まことは頬を膨らませて怒ったように言った。
そのふくれっ面までも愛おしい。
「夢を…見たんだ。」
私は声を絞り出す。
「どんな?」
「近藤先生の…。」
一瞬まことの目に動揺が走る。
「そう、総司が元気かどうか心配だったのよ。」
まことが小さく笑う。
まことは嘘が下手だ。
それなのに、かわいそうなことをしている。
私に心配をさせないように、知らないふりをし続けているのだ。
そして私は彼女の優しさに甘える。
…近藤先生はおそらく、もうこの世にいない。
すとんと、心に落ちる事実。
戦で亡くなったのだろうか?
私がいれば身を挺してでも守ったのに…。
だが、ひとつ確かなことがある。
それは…近藤先生は武士として逝ったのだということ。
私の敬愛してやまない恩師。
きっと雄々しく誰よりも見事な武士として散ったのだろう。
そのそばにいられなかったことだけは悔しい。
土方さんが最後にここを訪れてから半月、私は昼と夜の区別がつかぬほど眠り続けた。
自分が生きているのかどうかも分からなくなるほどに。
体はますます重く、息をする度に胸が痛んでいて、死はもうすぐそこまで迫っていることを感じさせた。
…あの日、土方さんは死ぬつもりなのだと、あの覚悟の目を見てしまったらそう悟ってしまった。
こんな時ばかり勘のいい自分に嫌気がさす。
近藤先生も土方さんも頑張っている、そう思えたら、そう思い続けられたら、幸せに死んで行けたのに。
なのに、気付いてしまった。
もう昔のままではないのだと。
雲が散らばるように、皆ばらばらになっていく。
それはたまらなくさみしく、寒かった。
また皆で戦いたかった。
あの京の日々のように。
それは遠い日の幸せな夢
もう取り戻せない懐かしい時間。
「また逢いましょう。」土方さんとはそういって別れた。
もう会えないだろうことは嫌というほどに感じていた。
でも、夢を見たかったから。
もう一度、皆で笑いあう、その幸せな夢の中にもう少しだけいたかった。
「ゲホ、ゲホ!」
のどに広がる血の味。
粘り気のある血が口の端から零れ落ちる。
手で、口を覆うけど、指の間から血が流れ出す。
寒い…。
私は自分の体を抱きしめ、背中を丸めた。
痛くはない。
たださみしくて、寒い、寒くてたまらなかった。
「総司!!」
着替えをもって部屋に入ってきたまことが私に駆け寄ってくるのが見える。
「…ごめん、血がついてしまう。」
きれいな白い肌を、私の禍々しい血が汚してしまう。
「そんなことどうでもいいから!」
まことは私を抱き起し背中から抱えるようにして、後ろから抱きしめた。
あったかい。
まるで陽だまり…。
私の手をしっかりと握り、背中をさすり続けた。
ごめん…。
手放せなくて。
あと少し、もう少しだから…
彼女の笑顔を見ることを、赦してください…。
私はもう一度、目を閉じた。